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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
「高学歴ワープア」から高校教師というキャリアパスはどうか?
ここ10数年の文部科学省の「急速な博士号授与数拡大」と「それに伴う研究職の不足」により、博士号を取得しながらも定職につけない人の増加が、日本では問題になっているようです。とてもイヤな言葉ですが、こうした現象を意味する「高学歴ワーキングプア」という言葉も流行語になっているわけです。
昭和の頃であれば、アカデミアの世界で運に恵まれなかった人は、予備校や塾の先生になるというキャリアパスが機能していました。大変に優秀だけれども、保守的な組織の枠からは「少々はみ出した」という匂いのする人の講義には、若い人の心をつかむ独特のものがあり、同時に内容はハイレベルであったために歓迎されたのです。ですが、この予備校や塾の教師というのは、現在では大変な人気職種であって、それ自体の求人は少ないようです。
そこで思い浮かぶのが、アメリカでの状況です。アメリカの高校では、毎年秋に新学期が始まると定例の保護者会があります。私の住んでいる学区の高校では、1時間目から8時間目までその子供の取っている科目の「時間割」を子供から渡された保護者が、順に15分ずつの教室巡りをすると、その学年に履修している科目の先生のミニ説明会を全部聞くことができるようになっているのです。
例えば数学なら数学、物理なら物理の先生の「自分とその授業の紹介プレゼン」をローテーションで一晩(保護者会は夜間に行われます)に8回聞くわけです。アメリカの高校は、教室に先生が代わる代わる来るのではなく、生徒が科目ごとに教室を移動するのですが、その「大移動」を15分刻みで保護者がやるのは、毎年微笑ましくもあり壮観でした。
そこで聞く先生の自己紹介ですが、最近増えてきたのが以下のようなセリフです。
「私はバイオテクノロジーが専門で、大学はAというところを出て、その後修士を経て博士課程をBという大学で取ったのですが、その際に突然気づいたんです。私には白衣を着てモノを相手に研究をコツコツ続けるよりも、若者たちの教育というヒューマンな場がふさわしいと・・・」
判で押したようにこの種の自己紹介を何度も耳にしたものです。勿論、「突然気づいた・・・」というのはアメリカ流に「何でも前向きに言う」文化であって、本当は「学位論文が通らなかった」とか「研究職のポジションが取れなかった」というのは明白です。
ですが、こうした自己紹介を聞くと、親たちは安心するのです。「優秀な先生に当たって良かった」というわけです。子どもたちの感想でも、「博士課程からの転身組」の先生は「雑談でサイエンスの最新の話をしてくれたり」するそうで、教え方も熱心で好評です。中には、博士課程から来た先生のおかげで理系の進路を真剣に考える動機付けができたとか、大学や院では何を学ぶのかイメージしながら進路を考えることができたという声もあります。
考えてみれば、30代まで勉強し続けた人の活躍の場は、やはり「勉強の世界」であって、仮に大学の研究職に就任する運のなかった人でも、そうした才能を一番生かせるのは高校教師という仕事ではないかと思うのです。博士号保持者なり、単位取得退学で職がなくて困っている人が大量に発生しているのであれば、これは社会全体にとって人材の無駄です。そうした人材の活用法として、高校教師として若い人の指導に当たってもらうのは非常に意味があると思うのです。
調べてみると、実際に日本でも博士課程から高校教師にという例は少しずつ増えているようです。ただ、まだ動きとしてはマイナーで、中には家族や周囲が「博士課程までやって高校教師というのは勿体無い」などという偏見を持っていて苦労するという話も聞きました。
とそれはともかく、意欲を持ってやってくれそうな人には、教職課程を簡単に取れる仕掛けを用意したり、指導技術や青年心理のセッションをしっかり受けてもらったりして、ドンドン高校の教壇に立ってもらったらいいのではないでしょうか。
勿論、高校教師になるのに博士号を要求するというのは「やり過ぎ」で、そんなことは必要ないと思います。ですが、「高学歴ワープア」などという言葉が死語になるぐらいには、このキャリアパスを太くすることは出来ないものかと考えるのです。
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