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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
京大教養課程の「英語化」、何を教えればいいのか?
東大が秋入学とか推薦入試などと迷走している一方で、京大が教養課程の英語化をブチ上げたのは評価できると思います。やる以上は、意味のあるカリキュラムを作らなくてはなりません。いわゆる「教養のための教養」などという「のんき」なことを言わず、それこそ瀧本哲史ではありませんが、「キミたちの武器になる」教育をドンドンやればいいのだと思います。
では具体的には何を教えればいいのでしょう? 受け入れた留学生と一緒に教育する効果なども考慮すると、次のような組立てになるのではと思います。
(1)数学・文系数学
日本の大学教育の数学は3つの点で問題があります。1つは、微積分や統計学などで大学入学時点で欧米より遅れていること、もう1つはサイエンスやファイナンスで役に立つ関数電卓の使用法やコンピュータの活用などとの連動が遅れていること、最後に文系で数学が必修になっていないことです。この3つを英語で全部やるのです。優秀な若い先生は英語圏にたくさんいると思います。
(2)サイエンス基礎
生物、化学、物理などの「大学の初級クラス」から全部英語にしておけば「理系研究者向けの英語」で後で困ることは少なくなります。大学院でも民間企業でも、最先端は既に英語になっている世界だからです。日本語で学ぶのは高校までで十分であり、以降は英語にする方がはるかに効率的です。
(3)コンピュータ科学
日本の大学では指導体制が遅れている一方で、これも英語圏には優秀な若い先生がたくさんいると思います。コンピュータ言語をちゃんとやるコース、ウェブデザインやマーケティング、セキュリティとITの倫理なども「同時代の現在進行形の議論」を英語でやれば、学生にとっては色々な将来のチャンスに直結するでしょう。
(4)経済・ビジネス
最新のビジネストレンド、企業や各市場の動向、経済理論、経済政策など、実際に世界で流通している文献は全部英語なのですから、日本語で教える方がずっと遠回りだと思います。
(5)時事問題・国際関係
ニュースにしても、ニュースに対するオピニオンにしても、現在進行形で英語で学ばせるのがむしろ自然でしょう。これも日本語でやっていたのが間違っていたのだと思います。
(6)日本語・コミュニケーション
自分たちが育ってきた日本語の環境というものがどんな「特性」を持っているのか、具体的には表記法から文法、談話形式までそもそも「日本語とは何なのか?」を英語でディスカッションするのです。このことは、日本語自体への深い理解、コミュニケーション一般に対する理解という意味でも有益だと思います。何よりも、日本語ネイティブと留学生の日本語学習者が「日本語の特性とは何か」という問題を英語で話しあうというのは相互に素晴らしい知的刺激となるでしょう。
(7)異文化理解
アジアの各国、ヨーロッパの各国、アフリカの各国、南北アメリカの各国など異文化の世界では、どのような価値観、宗教、行動様式、ビジネスの傾向、文化の特徴があるのかといった問題はです。こうしたテーマに関しては、英語で情報収集して理解したほうがずっと生産性が高い時代です。
(8)日本の自画像・自己紹介
日本にはどんな特徴があるのか、歴史、政治制度、文化、価値観、行動様式など「日本人による自己紹介を英語で有効に」行うには、自分たちの文化を一旦突き放して客観視し、そこからロジカルな説明のストーリーを組み立てる必要があります。そのプロセスを英語で、しかも留学生を交えてのディスカッションを通じて行えるようであれば、これもまた素晴らしい知的刺激となるでしょう。
問題は「誰が教えるのか?」ということです。まず外国人教員ですが、まずは「好きで日本に来た人」になると思います。英語圏の文化、とりわけキリスト教文化に違和感を持ち、日本文化に魅力を感じて来日した人は、日本人学生には「取っ付き易い」でしょうし、それはそれで良いと思います。
ですが、本格的に「英語での教養」を教えるには、これに加えて数学や科学、ファイナンスなどの実学の最前線の人を引っ張ってくる必要があります。ここをシッカリしないと、教育の体制として脆弱なことになるでしょう。短期間の有期契約でいいので、優秀な若手に継続的に来てもらう仕掛けを作らなくてはなりません。
日本人の場合は、英語で授業ができる人の中には「海外に憧れて日本や日本文化を全面否定する人」タイプが多くなると思います。これはこれで、若者の知的刺激にはなると思います。ですが、それだけでは足りません。これからグローバルな世界に出て行こうという若者を育てるには、日本にしても英語圏にしても、「どっちがいいのか?」という誰もが「ぶつかる」問いかけに翻弄された先に「双方のいい所をしっかり確認する」という姿勢と言いますか、一種「その先の段階」に行った人材も必要だと思います。
いずれにしても、英語で数学やサイエンス、ファイナンス、コンピュータ、国際関係などの「世界ですぐに役に立つスキル」を入れていくと同時に、「文化のはざまで引き裂かれそうになる修羅場」にどれだけ学生を追い込むことができるのか、そうした場を演出できる指導者をどれだけ揃えることができるかが、この「英語での教養教育」が成功するかどうかのカギといえるでしょう。
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