コラム

京大教養課程の「英語化」、何を教えればいいのか?

2013年03月13日(水)11時14分

 東大が秋入学とか推薦入試などと迷走している一方で、京大が教養課程の英語化をブチ上げたのは評価できると思います。やる以上は、意味のあるカリキュラムを作らなくてはなりません。いわゆる「教養のための教養」などという「のんき」なことを言わず、それこそ瀧本哲史ではありませんが、「キミたちの武器になる」教育をドンドンやればいいのだと思います。

 では具体的には何を教えればいいのでしょう? 受け入れた留学生と一緒に教育する効果なども考慮すると、次のような組立てになるのではと思います。

(1)数学・文系数学
 日本の大学教育の数学は3つの点で問題があります。1つは、微積分や統計学などで大学入学時点で欧米より遅れていること、もう1つはサイエンスやファイナンスで役に立つ関数電卓の使用法やコンピュータの活用などとの連動が遅れていること、最後に文系で数学が必修になっていないことです。この3つを英語で全部やるのです。優秀な若い先生は英語圏にたくさんいると思います。

(2)サイエンス基礎
 生物、化学、物理などの「大学の初級クラス」から全部英語にしておけば「理系研究者向けの英語」で後で困ることは少なくなります。大学院でも民間企業でも、最先端は既に英語になっている世界だからです。日本語で学ぶのは高校までで十分であり、以降は英語にする方がはるかに効率的です。

(3)コンピュータ科学
 日本の大学では指導体制が遅れている一方で、これも英語圏には優秀な若い先生がたくさんいると思います。コンピュータ言語をちゃんとやるコース、ウェブデザインやマーケティング、セキュリティとITの倫理なども「同時代の現在進行形の議論」を英語でやれば、学生にとっては色々な将来のチャンスに直結するでしょう。

(4)経済・ビジネス
 最新のビジネストレンド、企業や各市場の動向、経済理論、経済政策など、実際に世界で流通している文献は全部英語なのですから、日本語で教える方がずっと遠回りだと思います。

(5)時事問題・国際関係
 ニュースにしても、ニュースに対するオピニオンにしても、現在進行形で英語で学ばせるのがむしろ自然でしょう。これも日本語でやっていたのが間違っていたのだと思います。

(6)日本語・コミュニケーション
 自分たちが育ってきた日本語の環境というものがどんな「特性」を持っているのか、具体的には表記法から文法、談話形式までそもそも「日本語とは何なのか?」を英語でディスカッションするのです。このことは、日本語自体への深い理解、コミュニケーション一般に対する理解という意味でも有益だと思います。何よりも、日本語ネイティブと留学生の日本語学習者が「日本語の特性とは何か」という問題を英語で話しあうというのは相互に素晴らしい知的刺激となるでしょう。

(7)異文化理解
 アジアの各国、ヨーロッパの各国、アフリカの各国、南北アメリカの各国など異文化の世界では、どのような価値観、宗教、行動様式、ビジネスの傾向、文化の特徴があるのかといった問題はです。こうしたテーマに関しては、英語で情報収集して理解したほうがずっと生産性が高い時代です。

(8)日本の自画像・自己紹介
 日本にはどんな特徴があるのか、歴史、政治制度、文化、価値観、行動様式など「日本人による自己紹介を英語で有効に」行うには、自分たちの文化を一旦突き放して客観視し、そこからロジカルな説明のストーリーを組み立てる必要があります。そのプロセスを英語で、しかも留学生を交えてのディスカッションを通じて行えるようであれば、これもまた素晴らしい知的刺激となるでしょう。

 問題は「誰が教えるのか?」ということです。まず外国人教員ですが、まずは「好きで日本に来た人」になると思います。英語圏の文化、とりわけキリスト教文化に違和感を持ち、日本文化に魅力を感じて来日した人は、日本人学生には「取っ付き易い」でしょうし、それはそれで良いと思います。

 ですが、本格的に「英語での教養」を教えるには、これに加えて数学や科学、ファイナンスなどの実学の最前線の人を引っ張ってくる必要があります。ここをシッカリしないと、教育の体制として脆弱なことになるでしょう。短期間の有期契約でいいので、優秀な若手に継続的に来てもらう仕掛けを作らなくてはなりません。

 日本人の場合は、英語で授業ができる人の中には「海外に憧れて日本や日本文化を全面否定する人」タイプが多くなると思います。これはこれで、若者の知的刺激にはなると思います。ですが、それだけでは足りません。これからグローバルな世界に出て行こうという若者を育てるには、日本にしても英語圏にしても、「どっちがいいのか?」という誰もが「ぶつかる」問いかけに翻弄された先に「双方のいい所をしっかり確認する」という姿勢と言いますか、一種「その先の段階」に行った人材も必要だと思います。

 いずれにしても、英語で数学やサイエンス、ファイナンス、コンピュータ、国際関係などの「世界ですぐに役に立つスキル」を入れていくと同時に、「文化のはざまで引き裂かれそうになる修羅場」にどれだけ学生を追い込むことができるのか、そうした場を演出できる指導者をどれだけ揃えることができるかが、この「英語での教養教育」が成功するかどうかのカギといえるでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシアが無人機とミサイルでキーウ攻撃、4人死亡・数

ビジネス

インタビュー:26年春闘、昨年より下向きで臨む選択

ビジネス

ニデック、4―9月期純利益58%減 半期報告書のレ

ビジネス

3メガ銀の通期最高益へ、貸出増と金利上昇が追い風 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 5
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 10
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story