コラム

開戦から10年、イラク戦争が変質させた日米同盟

2013年03月21日(木)10時32分

 3月20日はイラク戦争の開戦10周年でしたが、アメリカでの報道は意外に小さな扱いでした。軍民の膨大な犠牲、未だに安定しないイラクの政情、膨大な戦費による国家債務の累積、帰還兵のPTSD問題、何よりも激しい国論分裂の経験など、何を語ってもマイナスの観点でしか総括はできない以上、話題として避けたい、忘れたいという心情が、その背景にあると考えることができます。

 ですが、アメリカはこのイラク戦争を遂行したという事実からは逃れられません。このイラク戦争がアメリカにとっての「ターニングポイント」であったのは間違いないからです。

 アメリカはどう変わったのでしょう? 重要なのは、この戦争以降、自国の正規軍兵力を使っての地上戦闘は当分不可能になったということです。戦争を起こしておいて、何とも勝手な話ですが、このように自国兵士の人命を失うということは世論が許さなくなったのです。丁度オバマ大統領はイスラエルを訪問して関係の修復を図る一方、同時にシリアでは「生物兵器使用疑惑」が持ち上がっていますが、アメリカの正規軍が地上戦に出動する可能性はほとんどないと思います。

 では、アメリカは世界の警察官とか、西側世界の守護者という役割から降りたのかというと、違います。CIAから国防総省へ実行主体を移すという話も出ている「ドローン(無人機)」による国際法無視のピンポイント攻撃、あるいは正規軍から「軍事サービス会社」という傭兵集団への警備活動の「アウトソーシング」などを行い、コストを抑制しながら「軍事外交戦略」あるいは「安全確保」の活動は続けているのです。

 この政策の責任は総てオバマ大統領にあると思います。そこに善人顔をした悪魔を見るか、21世紀ならではの「現実を背負った」リーダーの度量と悲劇を見るかは評価の分かれる部分でしょう。いずれにしても「イラク戦争反対」という世論に乗って政権を奪ったオバマが、軍事費の削減を行いながら「隠密作戦という汚い手」を使って「米国と同盟国の安全保障」を続けている、その発端がイラク戦争にあるというのは間違いないと思います。

 イラク戦争は、同時に日本の軍事外交に取ってもターニングポイントであったと思います。

 今回の10周年に当たって、開戦当時に小泉政権での官房長官職にあった福田康夫元首相は、「イラクに大量破壊兵器があるとの情報は来ていなかった」という発言をしています。また昨年2012年の12月21日に「選挙で負けて退任直前」の民主党の玄葉光一郎外相(当時)は、部下である外務官僚に「対イラク武力行使に関する我が国の対応」という「検証結果」を報告させていますが、その中には、

「当時は、イラクが大量破壊兵器を隠匿している可能性があるとの認識が国際社会で広く共有されていたが、調査の結果、当時、イラクに大量破壊兵器が存在しないことを証明する情報を外務省が得ていたとは確認できなかった。」

 という表現があります。恐らく外務省の官僚組織としては「歴史の審判」を意識して、とりあえず組織の名誉のためにこうしたコメントを残しておきたかったのでしょう。安倍政権になると言えなくなるので、「駆け込み」での「報告」となったのだと思います。また、福田康夫元首相の場合も議員引退をして自由の身になったので、同じように自分の歴史的評価を気にしての発言と見受けられます。

 ですが、外務省や福田氏のような「当時は身を張って開戦支持阻止に動かなかった」くせに、今になって「アリバイ的」に「開戦理由となる大量破壊兵器があったという情報は来ていなかった」などと発言する姿勢が不誠実だということは、大きな問題ではありません。正論を貫けなかった弱さも、それでも歴史の審判が怖いので安全な時期になってから弁解じみた言動をするというのも、人間の行動として尊敬はできませんが、理解は可能だからです。

 問題は、そうではなくて、小泉純一郎首相とそのブレーンが2003年の当時に「ブッシュの開戦を支持」することが「日本の国益」だという強い信念を抱き、それを自衛隊の派兵という行動で示したという事実です。

 その判断の背景にには、アメリカの主張した「イラクの大量破壊兵器保有」の証拠が明確でなく、また国際社会の広範な支持を得て「いない」からこそ、日本が支持することはブッシュ政権に「恩を売る」ことになるという計算が指摘できます。先ほどの福田発言は、本人の意図とは恐らく別に、そのことを裏付けています。

 ターニングポイントとはこの点であり、これによって、日米安保体制の意味が変わり「サンフランシスコ平和条約による戦後処理の延長としての駐留」という性格も、「自由と民主主義を防衛するという理念の同盟」という位置づけも一気に薄まったのです。このことは日米関係に元からあった「功利的な軍事同盟」という性格を否が応でも強調することになったと言えます。

 また、そのようにアメリカに「貸しを作る」ことで、ナチスと同盟して南進した東条政権の判断の正当化や、公益と秩序が天賦人権に優先する憲法改正などといった「西側の価値観」とは相反するイデオロギーが「漠然と許される」という「甘え」が拡大したように思われます。そのことで「中国にイデオロギー的な批判の口実を与える」懸念に関しては、「アメリカが守ってくれるから大丈夫」という安心感で相殺されるということが顕著になったと思います。

 問題は、この「貸し借りのバランス」が不安定なことです。アメリカには「日本を見捨てる動機」は沢山あります。中国の経済的地位が更に上昇して関係の優先順位が変わった場合、在日米軍の経費負担がアメリカには耐えられなくなった場合といったカネ勘定に加えて、日本の「右傾化(左傾化による経済合理性放棄でも同じですが)」が許容範囲を超えてしまった場合は「政権が親日政策を維持できなくなる」危険があります。

 安倍政権はそうしたことに危機感は持っているわけで、だからこそ辺野古の話も、集団安全保障の話も前に進めたいわけです。借りが増えれば増えるほど、貸しを作って相殺したいからです。ですが、借りと貸しが拡大すればその分だけ危険が増大します。第三者からは「理念ではなく打算の同盟」として軽蔑されることになりますし、日米の間にも同盟崩壊の恐怖が増大するだけだと思うのです。

 この「恐怖から来るバランス感覚」というのは国内世論との対話にも同じ構図があります。TPPで「アメリカに貸し」を作ったら、「主権回復記念日の祝賀行事」などという「反米的とも取れる行動」でバランスを取らないと「真正保守ではない」という感覚もその一例です。それが日米間の貸し借りの拡大とパラレルになっているという構造の全体は「危険なメカニズム」以外の何物でもありません。

 アメリカのイラク戦争は悪であり、その悪いアメリカに追随したから日本の「親米保守」は悪である、という議論がありますが、そんな単純な話では済まないと考えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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