コラム

右派政権の方が国際協調が進むというパラドックス

2012年12月21日(金)13時55分

 26日に発足する安倍政権のイデオロギーについては、「戦後レジームからの脱却」であるとか「改憲」といった右派的なものがあるのは明らかです。今回の総選挙の結果も、そうしたイデオロギーの匂いへの漠然とした承認と我慢というのが一応は前提になっていると言って良いでしょう。

 民主党政権に比べるとイデオロギー的に相当に右に寄っている印象の次期安倍政権ですが、それでは、問題になっている中国や韓国との関係は、更に日本側として強硬になり、対立がエスカレートするのでしょうか? どうも違うようです。

 少なくとも、韓国に関しては朴槿恵(パク・クンヘ)次期大統領との「新政権同士」での「関係改善」が模索されるというのは既定路線になってきているようです。懸念された、韓国の新大統領就任式(2月25日)の直前にカレンダー上「竹島の日(2月22日)」が避けて通れないという問題も、今年については、この「竹島の日」の行事をトーンダウンさせる方向で、既に自民党は動いているという報道があるくらいです。

 中国についても、恐らく同じようなことになる可能性があります。というのは前例があるからです。2001年から06年まで続いた小泉政権では、小泉総理(当時)は「中国との首脳外交が不可能になる」ことを覚悟で靖国問題にこだわり、それこそ「政冷経熱」という時代が現出したわけです。

 ですが、小泉政権を継承した第一次の安倍政権は、就任するとすぐに日中の首脳外交を復活させました。その代わりに首相在任中の靖国参拝は封印したのです。首相退任後の安倍氏は、そのことを後悔するような私的コメントを出していますが、では今回は対中強硬で行くのかというと、そうではなく「関係修復」に動くのではと思われます。

 ただ、中国側は「右派の安倍政権警戒論」というアドバルーンを何発も上げていて、何とかしての安倍政権を右の悪玉に追いやろうという工作をしているようです。ただ、この動きも、関係修復の機運に関して、内外の雑音を煙に巻く戦術かもしれず、中国の新政権も「この辺で中日関係を修復したい」という意志を固めているのかもしれません。

 では、仮に次期安倍政権が日韓関係と日中関係の改善に成功したとして、どうして「右派政権のほうが国際協調が進む」ということになるのでしょうか?

 ここには少し構造的なパラドックスがあるように思われるのです。

 まず、どうして「イデオロギー上の穏健派」が政権を担うとかえって近隣諸国との関係を悪くしたのかというと、それは自国の世論とのコミュニケーションに失敗したからだと思います。ここには二重の意味があります。

 まず、現在の日本の国内政治力学からすると、穏健な政権は「右派世論の中のナショナリズム」を警戒しながらの外交を強いられます。つまり元来が「穏健派」というイメージが出来てしまっている政権は、「ほら見ろ、やっぱり穏健派ではないか」という攻撃を右派の世論から受けるのを恐れて、必要以上に対外強硬策に出てしまうのです。

 一方で、本来は自分たちの支持基盤である穏健な世論との連携で言えば、こちらのコミュニケーションも上手く行っていないわけです。というのは、政権を担当し、外交当局からのブリーフィングなどで、政権を運営していく上での外交の「テクニカルに可能な範囲」を学んでいくと、その「現実」は実際に自分たちを政権に押し上げた穏健派の世論が考えるものとは食い違って来るからです。沖縄問題がその典型でしょう。

 これはこの間の民主党の外交が上手く行かなかった最大の理由だと思います。政権を担当する中で直面した「現実認識」は、実は自分たちの支持母体の理解とは違っているのだが、そのギャップが埋められないということがまずあります。その一方で、自分たちへの批判者である右派の世論を意識することで、実際の外交上のアクションは、自分たちの本来の政治的なポジションより気がつくと相当に右にシフトしてしまう、その結果として「相手のある話」で関係をギクシャクさせてしまう、そうした悪循環が繰り返されたのです。

 つまり、民主党の外交が結果的に稚拙に終わったのは、外交そのものにおけるスキル不足や経験不足というよりは、国内の世論、穏健な世論と保守的な世論の双方とのコミュニケーションに行き詰まったためだということが言えます。

 では、仮に次期安倍政権が例えば中国や韓国との関係修復に成功したとして、その場合の要因はどうかというと、こちらにも構造的な理由が考えられます。それは、保守政権というのは保守派のお墨付きを得ているということです。ナショナリズムを「十分に持っている」というお墨付きを得ているということで、以降は保守の世論のリアクションをそんなに気にする必要はなくなるのです。

 それは、保守的な世論に支持された保守政権が「近隣諸国との関係修復」に走ったとしても、「あくまでマキャベリズム的な計算づくの行為」だということで右派の世論から「許されてしまう」からです。従って、政権としては、背後の世論を気にすることなく、経済や通商の面を考慮した現実的な「関係修復策」を堂々と進めることができるわけです。

 では、そのようなメカニズムがあるとして、「保守政権の方が結果的に国際協調がうまくいく」という「公式」を「良いことだ」として認めてしまっていのでしょうか?

 これも違うと思います。何よりも、国内の世論対策としては思い切り保守的な主張を行い、保守的な世論の支持を集めて行く、その一方で実際の外交局面では「打算的」であるにしても、協調外交を行うという姿勢は明らかに矛盾します。その矛盾が、正に「二枚舌」であるように拡大してゆくのは大変に危険だからです。

 内向きにはナショナリズムを求心力に使い、対外的には協調を進めることの危険性というのは何でしょう? それはその二面性を諸外国に見ぬかれ、なめられて、弱みを握られるという危険があるということだと思います。

 現在、中国は安倍政権がまだ発足していない段階から「靖国に行くな」とか「尖閣に触れるな、改憲はするな」などと妙なプレッシャーをかけ続けていますが、その背景には「どうせ首脳外交では関係修復に来るだろうが、安倍総裁は国内向けには強硬イメージで売っているわけで、その二枚舌をネチネチと攻撃すれば外交上のイニシアティブが取れる」という計算があるように思います。

 この点から見ても、今回の中国による「内政干渉」としか言いようのない「安倍右派政権」への攻撃については、あくまで華麗にスルーすることで、堂々と関係修復に動くしか、当面の解決法はないように思われるのです。

<編集部からのお知らせ>
年末年始の期間中はブログをお休みします。
次回ブログアップは来年1月7日の予定です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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