コラム

「チェンジ」に失敗したオバマが「1つだけ」達成したこと

2012年10月22日(月)11時40分

 アメリカの大統領選は、完全に両者互角の戦いとなっています。22日には最後のTV討論が外交問題を中心に行われますが、現職のオバマにとっては外交は「現在進行形で責任を負っている」テーマですから、無茶なことを言って政策のフリーハンドを失うのはイヤなはずです。一方のロムニーは外交に関しては未知数ですから、こちらもギャンブルめいた発言は慎むでしょう。ですから、敢えて予想をするならば、大きく荒れる展開にはなりそうもないと思われます。

 ということは、現在のほぼ拮抗した状況が投票日まで続くかもしれない、今のところはそんな雰囲気で推移しています。支持率はほぼ拮抗、投票人数でも、もしかしたら「1桁台の差しかつかない」ほどの接戦だと言って良いでしょう。最後は「ニューハンプシャーの4票」が明暗を分けるなどという説も出ており、あながち冗談とも言えないのです。

 それにしても、2009年の1月には200万の大群衆が見守る中で、華々しくスタートしたオバマ政権ですが、どうしてここまで人気が凋落したのでしょうか?

 現時点で言えることは、3つあります。

 1つには雇用の改善に失敗していることです。4年間で失業率を4%台にまで戻すという公約は全く実現されず、現在でも失業率は7.8%となっています。その結果として、格差の是正、オバマ流で言えば中産階級の再建ということも全くできていません。昨年来の「占拠デモ」はこの点に関する「ノー」を突きつけたと言っても過言ではないでしょう。

 2つ目は、「イスラムとの和解」を中心としたアメリカの「国際社会におけるイメージの改善」ということが達成できていないということです。「アラブの春」については静観ないしは支持という姿勢を取ったものの、「世界的な反米デモ」という形で、こちらも「ノー」を突きつけられた形です。

 3つ目は「政争に明け暮れるワシントンを改革する」という公約であったはずが、逆に政争の激化を招き、特に財政再建に関しては「決められない政治」に陥っているということです。それこそ「債務上限バトル」の結果「米国債の格下げ」を招き、更には政治が決められない中で自動的に「財政の崖」が発動する恐怖の中に米経済の現状があるわけです。

 こうした点に関して、4年間で成果が出なかったということは、全く逃げようのない事実だと思います。そこに「オバマ苦戦」の原因があるのは間違いありません。2008年に選挙戦を勝利に導いた「チェンジ」という公約は何一つ実行されなかった、そう言われても仕方がないのです。

 ですが、1つだけ間違いなく「オバマ時代」がアメリカにもたらした成果があるように思います。それは、政治家は人種や出自ではなく、また宗教でもなく、政策と実行能力で選ばれるべきだということを、人口が3億人を超える巨大なアメリカ社会で「2度と逆戻りのできない」レベルで確立したということです。

 今回の大統領選の論戦を見ていて、オバマが黒人だからどうこうとか、ロムニーは白人だからどうだとか、あるいはそれぞれの宗派が少数派であるとか、途中で宗旨変えしたのではというようなことは「全く問題にならなく」なりました。話題にもされないわけです。

 それは、やはりアメリカが「史上初の黒人大統領」を選び、実際に4年間の施政を任せたからだと思います。成果は出なかったけれども、オバマは大統領として決定的なミスをしたわけではありません。合衆国大統領としての職務は全うしている、そのことについて世論には疑いはないのです。

 その結果として、以降はアメリカの大統領選においても、他の公職の選挙においても、あるいは社会のあらゆる局面においても「人種」とか「出身」あるいは「宗教」ということの持つ意味は、決定的なまでに薄くなりました。

 アメリカには人種差別は残っているかと言われれば、残っているのは事実でしょう。ですが、ある決定的なレベルを越えて、その人種差別は許されなくなったわけです。オバマはその点に関しては、身を持ってアメリカ社会をあるべき方向に進歩させたのだと言えます。

 もっと言えば、「初の」黒人大統領だからといって政策論争に関しては、政敵も世論も全く容赦はないのです。前回とは違って、オバマ「現象」とか「ブーム」というのは起きていない中で、オバマ大統領はもはや「史上初」でも何でもなく「普通の大統領」として、世論の厳しい目に晒されているわけです。そうした時代状況に至ったということ、そのこと自体は、オバマにとって選挙戦上は4年前と比較して不利になっているのも事実です。ですがこの点こそ、明らかな、そしてかけがえのない成果であることは間違いないように思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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