コラム

習近平=パネッタ会談の意味と尖閣問題

2012年09月21日(金)11時31分

 アメリカでは、ここ数日間は中国での反日暴動のニュースは少しだけ報道されていました。また、中国駐在のアメリカのゲイリー・ロック大使の公用車がデモ隊に包囲されたという事件も報道されています。ですが、暴動が恐らくは政府の強い意向により沈静化の方向であることを受けて、再びアメリカでの関心は薄れているようです。

 中国に関して、アメリカで関心を呼んでいるのは、「重慶事件」のその後です。習近平氏に連なる「太子党」の大物と言われた、薄熙来前重慶市共産党委書記のスキャンダルに他なりません。このスキャンダルが明るみに出たのは、王立軍という人が、米国公使館に駆け込んだのがきっかけでした。

 このショッキングな行動は、薄氏の妻の英国人弁護士殺害問題を王氏が告発しようとして、中央政府に告発しても抹殺される危険を感じた(と思われる)ためであると、理解されています。アメリカ政府はこの王氏の身柄は中国側に渡した(他にどうしようもなかった)のですが、この王氏に関する「国を裏切った罪」に関する公判が四川省の成都で行われているのです。

 王氏に関しては、この「亡命未遂」事件というのが、薄氏の失脚と同氏に近いと言われる習近平副主席の権力が(恐らくは)動揺を招いたことの発端とみなすことができます。ですから、その運命がどうなるかというのは、中国の次期政権がどのような性格を持つかを占う要素になると考えられています。また、王氏の証言の中で、思わぬ大物の関与という情報が飛び出す可能性もあるわけです。公判の行方として「薄氏夫妻には厳罰を下す一方で、見せしめとして王氏も重罪」というような判決が下るようですと、習近平氏が「反日暴動を煽ることで再度権力基盤を確立した」という、ここ数日囁かれている「観測」が益々信憑性を帯びてくるわけです。

 もっと言えば、習近平政権が、法治でもなく、温家宝首相の言うような「和諧社会」でもなく、大衆運動に支えられた権力の集中というような手法を好む政権であるのなら、アメリカも覚悟をしなくてはならないということだと思います。それは、丁度10年前、2002年の10月に、引退直前の江沢民夫妻をブッシュがテキサス州の牧場に招待して親密な接待をした、その時以来の胡錦濤政権を通じた米中の蜜月という状態に変化が生じる、その覚悟ということになります。

 覚悟といっても、戦争に備えるとか、西太平洋に空母を3隻常備するとかという物騒な話ではありません。そうではなくて、米中関係の持つ「2つの階層」、つまりお互いに最大の貿易相手国であり巨額な投資先であるという経済の依存関係と、民主主義と独裁という異なる政治体制を持ち仮想敵国としてお互いに軍事バランスを取る対象という「依存しつつ対立する」という二重性の中で、その両者、依存と対立の混ぜ具合の精度を高めていくということです。

 今回、そのアメリカのパネッタ国防長官は、中国を3日間訪問して、梁光烈国防相並びに習近平副主席本人とも会談をしていますが、その目的も「習近平政権」の性格並びに、その前段階としての権力掌握の度合いに関して、見極めをするためと考えるべきでしょう。報道では、アメリカが日本に設置することで合意した「新ミサイル防衛システム用のレーダー施設」に関して中国が強くクレームを言ったとか、逆にアメリカの国防長官に海軍の施設を見せたのは異例だとか色々なことが言われています。

 ですが、アメリカとしては習近平が「元気で、ピンピンして」しかも人民大会堂での会談という格好で登場したという事実の方が重要なのです。これで、習近平が2週間雲隠れしていたのは健康問題ではなく明らかに権力闘争のためであり、その権力闘争に習氏は勝利している、そのことが相当程度に明らかとなるからです。

 ところで、この間のパネッタ長官の言動を見ていますと、尖閣問題に関しては一貫していることが分かります。それは「尖閣には日米安全保障条約を適用する」ということです。これは、ヒラリー・クリントン国務長官も明言していますし、今回は中国サイドから相当なクレームがでたようですが、パネッタ氏は撤回していません。

 その一方で、日中両国の領土紛争に関しては、当事者間での平和的な解決を望むという発言もしいます。この点に関しては、ホワイトハウスのジェイ・カーニー報道官からも同様の主旨での発言がありました。

 この「安保は適用するが、交渉は当事者間で平和的に」というのはどういう意味なのでしょうか? アメリカは尖閣に関して「二枚舌」を使っているのでしょうか? あるいは「どうでもいい」と思っているのでしょうか?

 そのような心配はないと思います。というのは、この点に関してはアメリカの姿勢は一貫しており、今後も変わることはないと思われるからです。

 まず、日米は軍事同盟です。日米安全保障条約というものがあり、その第五条で「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」と言っている以上、日本に対する攻撃は「共通の危険」であるとして、行動することになっています。

 ですから、尖閣に対して中国が武力攻撃を行った場合は、日米は共同で防衛行動を行うわけです。そのことは、この条約が根拠となっています。では、尖閣がその対象になるかどうかというと、これは「日本が実効支配」している以上、自動的に入ることになります。

 以上は「有事」の場合です。ですが、軍事衝突を伴わない「平時」の場合は、この「同盟」は発動しません。その代わりに何があるのかというと、日本の独立国としての外交主権があるわけです。問題が日本と中国の外交上の問題であり、そこには軍事衝突の危険が迫っているわけではないのであれば、この問題は「日本と中国」の問題であり、アメリカが支持をするということにはならないのです。

 理論上はそういうことであり、その点においてアメリカの姿勢には揺るぎはないと思われます。そこに、もう1つ、アメリカと中国の「依存しつつ対立する」という関係が重なってくることで、政治的にも「二重の二重性」があるという言い方もできるでしょう。

 いずれにしても、「安保は適用するが、交渉は当事者間で平和的に」というのは、「日本軽視」でも、「二枚舌」でもないと考えるべきと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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