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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
無罪判決続くセレブ裁判、アメリカの陪審員裁判に何が起きているのか?
アメリカ人は法廷ドラマが大好きですし、多くの州や連邦では主要な法廷がTV中継されることも珍しくありません。そんな中で、陪審員が下す判決は、世相を反映すると同時に新たな世相を作っていくという面があるようです。例えば、ここのところ社会的な注目を浴びた有名人の裁判について、連続して無罪評決が出ています。
1つは、元メジャーリーグ投手、ロジャー・クレメンス被告の裁判です。クレメンス被告はレッドソックスのエースとして長く活躍した後、ブルージェイズやヤンキース、アストロズでも先発の柱として存在感を示し、通算成績は354勝で敗戦はわずかに184、生涯通算防御率は3・12という圧倒的な成績を残しています。
このクレメンスですが、2007年に大リーグのコミッショナーが特別に諮問した「ミッチェル委員会」の薬物使用疑惑調査に引っかかり、クロ判定となっています。ただ、2008年に、連邦議会の公聴会に呼ばれた時も含めて、本人は「全面否定」で一貫しているのです。
さて、仮にクロであれば、議会での証言は虚偽となるということから偽証罪などで起訴されたのですが、今回18日にはその判決が出るというので大変に注目されました。判決は「無罪」でした。決定的と思われていたトレーナーの証言と物証の信憑性が100%ではないこと、証人は事実上そのトレーナーしかいないことから、刑事事件としての偽証は立証できないというのです。(ただ、実際に薬物を使用したことに関しては限りなく灰色であり、野球殿堂入りについては、マーク・マクガイアと同じく「スルー」されそうという見方もあります。)
もう一つは、この欄でも大詰めの時点での状況をお伝えした、元副大統領候補のジョン・エドワーズ被告の裁判です。大統領候補として活動中に、愛人の存在を隠すために億万長者の女性から献金を受けて、その愛人に生活費を与えて隠し続けたこと、また愛人や隠し子の存在について偽りの発言を続けたことが、公営選挙という性格を持つ大統領予備選における違法行為として起訴されたのでした。
このエドワーズ裁判も、陪審員の結論は「政治資金規正法違反に関しては無罪、その他の大統領候補としての虚偽申告などについては評決不成立」という結論になっています。この評決が発表されたのが5月31日で、評決の不成立というのは「全員一致が原則の陪審員がどうしても合意に達しなかった」ということです。これに対して、検察は裁判のやり直し要求を取り下げました。つまり評決に達しなかった容疑の部分については起訴を取り下げるということです。
では、どうしてこのような「セレブ裁判」で無罪(エドワーズも実質的に全容疑に関して無罪放免です)の判決が続いたのでしょうか? また、その結果が受け入れられたのでしょうか?
1つは、いずれの事件に関しても陪審員が、刑事事件の原則をよく理解しているということです。つまり、被告人に不利な証拠を集めるのは検察(この2つの事件の場合は連邦司法省)である一方で、被告人は弁護人と一緒に合法的に自身の無実を主張(ディフェンス=防衛)する、つまり連邦政府という法人と被告人個人の争いだということ、ゲームのルールとしては検察の提示する証拠と証人のみを材料に判断しなくてはならないこと、要するに「疑わしきは無罪」だということです。
いずれの裁判も、本質的に被告が悪人かどうかとか、状況証拠を積み上げるとクロであるかどうかということではなく、直接的に「検察による証拠、証人」の合法性と有効性が問われる中で、陪審は被告を有罪にはしなかったのです。
もう1つの要素は、被告人は既に社会的制裁を受けているという点です。エドワーズの場合は、政治生命は完全に絶たれていますし、離婚を前提に別居に入った中で臨終を迎えた愛妻の前で自分の所業を悔いるという形で、人生の大きな清算もさせられています。社会的に、この判決が受け入れられた背景には、これ以上の「追い打ち」は不要というムードが出てきたということもあると思います。
クレメンスの場合も、本人は現役続行の意欲があったのですが、薬物疑惑にまみれた中で契約を提示した球団はなく、実質的に引退に追い込まれた形となっています。個人的にも盟友と思われたアンディ・ペティット投手などが早々に「薬物使用の告白」を行なって道義的なケジメを着ける一方で、「徹底的に否認を貫いた」クレメンスは悪役扱いもされたわけです。そんな中、「何も偽証罪で収監するには及ばないだろう」という今回の無罪判決は、比較的スムーズに世論に受け入れられていったようです。
更にその背景には、個人の事情で道義的なトラブルを起こした人間を「わざわざ連邦政府が税金を使って起訴」する必要はないし、また「税金を使って起訴しておいて証拠や証人に決定性を欠く」のであれば、それは検察の敗訴ということになるのは当然だろう、そんな感覚もあるように思います。この考え方は小さな政府論や規制緩和論と、ある意味近い考え方だとも言えます。
もう1つは、9・11もリーマン・ショックも遠くなった2012年の現在には、誰かを吊るしあげて悪者扱いしようというような「ギスギスした」雰囲気が消えているということも言えるでしょう。いずれにしても、立て続けに起きたドラマチックな無罪評決は、刑事事件の陪審員裁判としては決して異常な結果とは思われていないのです。
一方で、法廷ドラマには事欠かないアメリカでは、黒人少年を射殺し主観的正当防衛の適否が問われている「ジョージ・ジマーマン裁判」(フロリダ州)と、数多くの少年たちに対する性的虐待が問われている「ジェリー・サンダスキー裁判」(ペンシルベニア州)に関心が移っています。
ちなみに、ジマーマン裁判の方は、銃規制と正当防衛というイデオロギー対立の絡んだ複雑な事件、サンダスキー裁判の方は恐らくは真っ黒(法律の専門家によれば「ディフェンス不能なケース」)ということで、クレメンスやエドワーズの裁判とはまた別の観点から注目を集めています。
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