コラム

アメリカの「竜巻警報システム」を作った日本人

2012年05月14日(月)11時52分

 連休中につくば市などを襲った竜巻の被害は、今でも様々な波紋を投げかけているようです。竜巻の危険性が改めて認識される一方で、中には頻繁な竜巻警報に関しては「オオカミ少年」になってはいけないという声もあるようです。

 竜巻といえば、ここ北米大陸が何と言っても本場であることは間違いありません。特に春先の3月から5月にかけては北極寒気団が上空に居座る一方で、真っ平らな大平原(グレート・プレーリー)では一旦晴天となると地表近くの気温は上昇し、巨大な逆転層が発生することから、竜巻というのは日常的な現象になっています。

 ですから北米の場合は、竜巻の警戒システムというのは否が応でも発達せざるを得なかったと考えられます。その一方で平地の少ない、また海の温度変化を受けやすい海洋型気候の日本では、竜巻の危険度というのは一桁も二桁も違うとも思われ、警戒態勢が整わないことも、一旦警戒警報が頻発するようになると、違和感を感じる声が出るなど制度的にギクシャクするなどというのは、仕方がないとも思えたのです。

 ですが、よく考えるとアメリカでとりあえず竜巻への警戒態勢が整備されたのには、1人の日本人の功績が大きかったということを忘れるわけには行きません。それは、故藤田哲也博士の功績についてです。藤田博士という人は、1920年に福岡県の北九州市小倉区の出身、明治専門学校(九州工業大学の前身)を卒業後、東大で博士号を取った後に、アメリカに渡り長年シカゴ大学を拠点に、1998年に亡くなるまで竜巻やダウンバーストの研究を続けています。

 アメリカでは「ミスター・トルネード」とか「トルネード・マン」などとニックネームで呼ばれるなど竜巻研究の権威で知られ、とにかく多くの竜巻被災地を視察して、実際のダメージと、瞬間風力を試算することから、竜巻のインパクトの大きさを客観化するための「藤田スケール」という段階評価を発明したのです。ちなみに、今回のつくば市のものは「F(フジタ)2」であると言われています。

 藤田博士の研究が進むにつれて、アメリカでは竜巻に対する様々な関心が広がり、特に天気予報専門チャンネルであるTVの「ウェザー・チャンネル(NBC系列)」や、「ディカバリー・チャンネル」などが竜巻に関する啓蒙番組を数多く放映する中で、竜巻のメカニズムや危険性などへの理解が広まったと言えるでしょう。今回はとりあえず、そのようにしてアメリカで広まっている竜巻に関する理解を簡単に箇条書きにしてご紹介することにします。

(1)竜巻は積乱雲(雷雲)が発生することで起きる。特に巨大積乱雲(スーパーセル)が危険。ヒョウが降るなどといった現象も強い上昇気流が存在する証拠。

(2)スーパーセルの発生可能性は気圧配置と気温予想、上空気温予想、ジェットストリームなどからまず予報する。スーパーセルによる大規模雷雨の予報を出す際には、特に竜巻発生の可能性の強い地区を「赤いゾーン」として公表し、各局の天気予報などで周知徹底を図る。

(3)予報された当日は、各地のドップラー・レーダーなどを駆使して、実際の竜巻の発生を監視する。特にスーパーセルが発生し、その形状が楕円形や連続した楕円形を形成しつつ、その最も濃厚な部分に「上空から見てフック(カギ)状の非対称形態の雲」が発生した際には要注意で、そうしたケースにはその地域に警報を出す。

(4)警報に従って避難体制を取る一方で警察や消防が「ローテーション」(空気の渦による竜巻の原型)が発生していないか、あるいはスーパーセルに「漏斗雲」(下のすぼまったロート型の雲)が形成されていないかを昼間であれば目視警戒する。実際にローテーションが発達したり、漏斗雲からの渦が降りてきて接地した(タッチダウン)際、あるいはドップラーレーダーで顕著な映像が出た場合は最高限度の警報を出し、TVやラジオ、ネット、各地のサイレンなどで竜巻の移動を速報しつつ、最高度の厳戒態勢に入る。

(5)警戒時には、住民は原則「地下シェルター」もしくは「地下室」に移動。地下のない場合は、窓から離れて建物中心部へ。その際にユニットバスの中などF3以上では筐体ごと吹き飛ばされる危険のある場所は避ける。戸外の駐車車両の中、倉庫の中なども絶対に避ける。

 というような知識が共有化され、対応が取られているわけです。別にものすごく特別な予報や対応がされているわけではありませんが、こうした体制の精度を上げてゆくことで何とか対応しているわけです。また、昨年5月や今年3月など特に竜巻のひどいシーズンには、どうしても警報が追いかけきれずに大きな被害を出してしまうこともまだまだあります。ですが、曲がりなりにもアメリカの社会が竜巻と共存して生活ができている背景には、藤田博士の功績があるのは間違いないでしょう。

 日本の警戒態勢整備ですが、とりあえずドップラーレーダーなどの観測体制は整っているようですが、スーパーセルの発生時に「該当地域だけに絞った効果的な警報発信」というコミュニケーションに課題があるようです。そこが改善すれば、相当な安心感の向上を、オオカミ少年的な逆効果を気にせずに追求できるのではないかと思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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