コラム

経団連レポート・日本の財界は革新を拒否して成長を放棄するのか?

2012年04月20日(金)11時20分

 2012年4月16日に日本経団連のシンクタンク、21世紀政策研究所の「グローバルJAPAN特別委員会」が発表した「グローバルJAPAN 2050年シミュレーションと総合戦略」という107ページのレポートは何とも不思議な内容です。本文は日本経団連のサイトからダウンロードできますので、是非とも多くの方に議論の材料にしていただきたいと思うのです。

 まず「シミュレーション」の方ですが、基本的には4つのシナリオが提示されています。

(ア)生産性が「失われた20年」の低迷から回復。この場合でも人口減の影響から2030年代からマイナス成長となり、2050年にはGDPは世界第4位に転落、一人当たりGDPは韓国に抜かれる。

(イ)生産性低迷が回復しない。この場合は20年代からマイナス成長となり、GDPは5位、一人当たりGDPは21位に転落。

(ウ)更に財政悪化の影響が出た場合。2010年代からマイナス成長となり、GDPは9位、一人当たりGDPは28位に転落し、完全に先進国から脱落。

(エ)女性の労働力率が改善しスウェーデン並みになる。(ア)のシナリオよりGDPは2.8%アップになるが、GDPが4位に転落することには変わらない。

 以上のシミュレーションが基本としてあり、これに加えて新興国が先進国入りの前に成長が止まった場合とか、欧州危機が深刻化した場合などが検討されていてその場合はもっと悪い数字になるわけです。

 ここまでの話については、財界も正直に悲観論を直視するようになったというように何となく好感を持つ、あるいは議論の材料にはなるだろうという印象を持った方もあると思います。ですが、後段の「総合戦略」の部分を重ねて見ると、私としては猛烈な違和感しか残らなかった、そう申し上げるしかありません。以降、その違和感を列挙してみたいと思います。

(1)2050年つまり38年後を展望していながら、終身雇用だとか、正規・非正規雇用の区別、あるいは上司による部下へのOJTなどが残っているというような意味不明の前提が入っていること。

(2)女性の労働力に期待すると言いながら、育児や家事の負担は女性が担うという発想を全く捨てる気がないこと。例えば女性向けの「時短正社員」構想などという提案が入っているが、一部の女性を管理職候補として期待する一方で、育児負担は女性に背負わせるという旧態依然とした発想。

(3)企業経営の合理化に必要な国際会計基準の導入に、まだ抵抗を示していること。オリンパス事件の総括も大甘。

(4)国家債務がどんどん拡大した場合にも、破綻がどこで起きるのかは予測不可能だという理由で、債務がGDPの600%になるという非現実的なシミュレーションを行い、これを財政「破綻」ではなく、財政「拡散」と呼んでいること。日本がGDPの600%の赤字を積み上げるというのは要するに3000兆円のマイナスであり、世界経済を道連れに破綻するということになり、ブラックジョークにしてもひどすぎる。

(5)人口減に対して移民導入を提案する度胸もない一方で、少子化に対する抜本的な対策もなく、人口減による経済規模縮小に対して、お手上げ状態であること。

(6)今後の日本経済は、中国の経済成長頼みというのは、ある意味で正直。一方で、2050年までのタイムスパンを想定し、そこまでに中国にも先進国に近い成熟を期待するなら、中国が開かれた社会に移行するプロセスは必須。にも関わらず、中国の変革がハードランディングにならないように、日本がどう振る舞うべきかの危機感がない。

(7)そもそも2050年になって、カメラとかガソリン車、テレビ、コピー機などの「モノ」を作っている会社や、国際化の半端な金融機関などが残っている可能性はほとんどゼロ。にも関わらず産業構造を自己変革させる発想がない。

 私は、自分で言うのも妙ですが、相当程度に冷静な人間だと思います。ですが、このレポートを読んで怒りを抑えることができなくなりました。冒頭では、違和感などという言い方でオブラートに包んでみましたが、やはり無理です。怒りの核にあるのは、マイナス成長ということを簡単に語り、しかもこれを避けるための抜本的な改革も提案できていないということへの反発です。

 この指摘を「正直」だという評価はできません。成長がマイナスになるということは、巨大な人命の喪失、人心の混乱、国土の荒廃を招くからです。勿論、この社会はカネが全てではありません。公共セクターや、NGOなどはカネとは異なる論理で動いており、それはそれで良いのです。ですが、その中で「成長」を担うべき民間セクターが自らそれを放棄するというのには、信じ難い思いがするのです。

<編集部からのお知らせ>
ブログの更新は連休のため一時お休みします。次回のアップ予定は来月7日(月)です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

物価目標の実現は「目前に」、FRBの動向を注視=高

ビジネス

財新・中国サービス部門PMI、6月は50.6 9カ

ビジネス

伊銀モンテ・パスキ、メディオバンカにTOB 14日

ビジネス

カナダ製造業PMI、6月は5年ぶり低水準 米関税で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 3
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story