コラム

フロリダの悲劇で大問題に発展した「正当防衛法」とは?

2012年03月28日(水)13時46分

 2月にフロリダ州中部のサンフォードで発生した、住宅地の自警ボランティアによる黒人少年の射殺事件ですが、その後、このジョージ・ジマーマンという28歳の行為に関しては、全米を揺るがす論争に発展しています。

 この問題ですが、白人が黒人を撃ってしまい、保守派は正当防衛を主張、一方でリベラルは有罪を要求するというような「典型的な」議論とは相当に異なっています。

 問題を複雑にしているのは、2つの要素です。それは、ジマーマンという男性が白人でなくヒスパニックであること、もう1つはフロリダ州など南部に多い「正当防衛法(スタンド・オン・ユア・グラウンド・ロー)」が絡んでいるという点です。

 やや大雑把な言い方になりますが、仮に今回の事件が「白人が撃った」ケースであれば、これほどの騒ぎにはならなかったと思われます。今回のような相当に一方的な射殺ということでもそうです。というのは、現在の大統領は黒人のオバマであり、しかも今年は彼が再選を狙う大統領選の年だからです。

 仮に、民主党のリベラルが「これは黒人に対するヘイトクライムだ」という告発に燃え、全国的な問題にしたとします。そうすれば、白人の保守派は「そんな言いがかりが通るとしたら、それは黒人のオバマが大統領だからだ」と猛然と反発するでしょう。「チェンジの正体は白人敵視だった」というキャンペーンが盛り上がれば、もしかすると選挙戦の情勢が変わるかもしれません。

 選挙戦への影響はともかく、そうなれば、国論を大きく2つに引き裂くことになるわけで、左右の両勢力ともに、そうした泥仕合は望むことはないと思われるのです。

 ところが、今回の「加害者」はヒスパニックであり、白人ではないのです。そこで、全米のリベラル的な世論は「黒人被害者の正義」に乗っかることに余り抵抗がないということになります。では、ヒスパニックを叩いてしまうと、今は巨大となったヒスパニック票が逃げるではないか、というとどうもその懸念は薄いのです。

 ヒスパニックの人達というのは、多くのグループに分かれている一方で、その世論を束ねるリーダーも不在なのです。また、前回の選挙ではオバマを支持したように、この国の人種問題というのは要するに白人の意識の問題だという理解が強いので、一気に共和党支持に動くとは思えないわけです。今年の候補はロムニーになりそうだということもあります。

 もう1つは「正当防衛法」の問題です。トラブル回避の努力をしたとか、危険が迫ったことの客観的な証拠があるといった「認定要件」なしで撃ってしまっても大丈夫で、起訴どころか逮捕もされないという南部を中心とした地域独特の法律があるのですが、今回の初動ではこの法律が適用されていることが問題になっています。

 リベラルの方としては、この「正当防衛法」そのものが問題だという動きになってきています。ということは銃社会イデオロギーに対する反対を堂々と展開できる一方で、国論を二分する銃規制そのものには踏み込まずに政治的な勝負ができるという格好です。

 では、この問題には落としどころがあるのでしょうか?

 私はあると思います。それは、このジマーマンという男性に、正当防衛法の適用をせず、殺人罪または傷害致死で起訴に持ってゆくという方法です。そうなれば、少年の犠牲に対してある種の名誉回復はできますし、保守派も「この事件は適用外だった」ということで正当防衛法そのものの合憲性論議は避けられるという、「両得」になるからです。

 その場合は、このジマーマンという男性については、仕方がないと思いますが、ヒスパニックの人々にはスッキリしないものを残すのではと思います。また、黒人の若者の挙動がヒスパニックにはどう誤解されたのか、ヒスパニックの側の殺気をどうして黒人の若者が感じなかったのかという異文化コミュニケーションの問題も中立的な解明は望み薄とも思います。

 何よりも、「そこに銃があったから」という銃そのものが問題だという論議については、アメリカ社会は今回も分裂を恐れてスルーすることになるでしょう。オバマが大統領であるがゆえのパラドックスと言っても良いかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

訂正-中国、制服組トップら軍高官2人を重大な規律違

ビジネス

独貯蓄銀行協会、26年GDPを1%増と予測

ワールド

独国防相、トランプ氏に謝罪要求 アフガン紛争巡る発

ビジネス

23日の円買い介入「考えにくい」と市場筋 日銀27
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 5
    「外国人価格」で日本社会が失うもの──インバウンド…
  • 6
    「楽園のようだった」移住生活が一転...購入価格より…
  • 7
    「20代は5.6万円のオートロック、今は木造3.95万円」…
  • 8
    私たちの体は「食べたもの」でできている...誰もが必…
  • 9
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 10
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 1
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 4
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 5
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 6
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 10
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 7
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 10
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story