コラム

大学「秋入学」の場合の「ギャップターム」議論、根本が間違っていないか?

2012年01月23日(月)12時29分

 東大が声をかけて国公立私立の多くの大学が「9月入学」を真剣に検討し始めたようですが、その際に高校を卒業してから大学に入るまでの半年を「ギャップターム」として、就業経験やボランティア、留学などの国際経験を積ませようという構想があるようです。一見するともっともらしい話ですが、こんな変則な制度は成立しないと思います。

 まず最初の段階、つまり高校以下の変革が進まず、入試改革もできないまま現行のようなペーパー入試が高3の3月に行われているとして、9月以降の大学の方では国際化が進んだという状態を想定してみましょう。国際化が進むというのは、つまり9月以降の大学では講義の多くが英語で行われ、優秀な外国人教師や留学生が何割か混じっているという状態です。

 こうした状態に対応するためには、4月から8月の5カ月間に日本の高校を卒業した「入学内定者」は「レベル合わせ」をものすごいスピードでやらなくてはならないと思います。まず、英語の講義を聞いて、英語の課題指示を理解し、英語で教師やクラスメイトと「学習内容そのもの」を英語で議論できるだけの語学力とコミュニケーション能力が必要です。

 また、理系と経済の場合は数学など科目のレベル合わせも行う必要があると思います。例えば、現在の高校の数学カリキュラムは、「ゆとり」からの脱却を目指した新課程でも、微分方程式や複素平面、行列の応用などが外されたままであり、大学のカリキュラムとの間ではギャップがあります。そこをしっかり埋めておかないと、9月から理数系や経済系の世界標準カリキュラムを導入するようですと対応できない学生が出てくると思われます。

 理科や経済関係の場合は、専門用語が全部英語になりますし、関数電卓をつかったプラグマティックな数学力の訓練もやっておかないと怖い英語圏の先生が来た場合にはお手上げになります。それ以前の問題として、理工系なのに生物化学で受かった学生、国英が出来るので物理は捨てても受かってきた学生などが「まだ」残っているようなら、今でもやっている物理の補習(他の科目でもあると思いますが)をもっとしっかりやらないと大変なことになります。その辺のレベル合わせをやっていれば5カ月はアッという間です。

 文系の場合も同じです。経済系は待ったなしですが、社会科学系でも統計学やその前提となる微積分などの数学のレベル合わせが必要です。一見すると英語とは無関係に見える日本文学などの専攻の学生の場合も、ディスカッションでのリーダーシップを取るスキルや、それ以前の問題として「批判的な読み方の方法論」や文学史の基礎知識など留学生や熱心な外国人教師を「迎え撃つ」体制が必要なのは同じです。

 というわけで、仮に9月以降の大学のカリキュラムが国際化する場合は、「ギャップターム」を使って自由な海外経験や漠然とした社会経験などという話にはならないと思うのです。高大接続のギャップをそれこそ必死に埋めるための「補習カリキュラム」を大学側が用意することが求められます。

 その先の段階、カリキュラムの高大接続が完成したとしたらどうでしょう。高校でも早い子は多変数関数の入門ぐらいまで引っ張れて、生物や化学、物理などの英語でのカリキュラムも普及していて、入試の判定基準に英語でのコミュニケーション能力などの総合的な観点での選抜もできていれば、「レベル合わせ」は必要なくなります。文系でも経済系進学予定なら数学は理系並、社会科学系でも統計学の初歩は当然、下らない読書感想文教育でなく、批判的思考の訓練とディベートも普及している、英語教育も韓国以上に効果的に出来るようになったとします。

 その場合は、面倒なことはやめて高校も夏卒業にして「ギャップ」も「補習」もなくしたらいいのです。つまり大学に入る年齢を「19歳になる年の9月」ではなく「18歳になる年の9月」に(生まれ月の問題があるので実際はもっと正確な言い方が必要ですが)するのです。とにかく今言われている「9月入学」より1年早くする、これで国際標準との一致は完成します。必要なら高校だけでなく中学、小学、こども園と教育課程の全部を秋入学の夏卒業にしたらいいわけです。

 そこまでやるかはともかく、仮に3月に高校を卒業して9月に大学に入るとして、本気で9月以降のカリキュラムの国際化をやるのなら、日本の学生は半年の間「レベル合わせ」に忙しく「ギャップターム」などと遊んでいる暇は全くないはずです。履歴書に空白期間ができるのが怖い? 冗談ではありません。もしかして、東大とそれに追随する各大学は本気で日本人学生を切り捨てるつもりなんでしょうか?

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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