コラム

陸の孤島「ペン・ステート」を揺るがした「少年への性的虐待疑惑」

2011年11月16日(水)11時54分

 ペンシルベニア州立大学(「ペン・ステート」)といえば名門です。同州には「Uペン」で知られるアイビーリーグのペンシルベニア大学や、カーネギーメロン大学、リーハイ大学など私立の有名大学もありますが、何と言ってもメインキャンパスだけで学部学生を3万8千人抱える規模、そして研究成果や卒業生の活躍なども含めると、その存在感は大きなものがあります。毎年アメリカの受験生に大きな影響を与えている『USニュース&ワールドレポート』誌の大学ランキングでも、2011年度版では45位に入っています。

 この「ペン・ステート」がスキャンダルを巡って揺れています。同大学のフットボール部は、カレッジ・フットボール「ビッグ・テン」リーグの強豪であり、大学のシンボル的な存在ですが、そのフットボール部で長年アシスタント・コーチを務めていた、ジェリー・サンダスキーという人物が、少年たちに対する性的虐待行為の常習犯として逮捕されたのです。

 サンダスキーという人物は、現在67歳で1999年に大学のコーチとしては引退しているのですが、有名な「ペン・ステート」フットボール部のコーチ経験者として、この地域では「名士」でした。その名声を使って、少年たちにフットボールを教えたり、問題行動のある少年をフットボールの指導を通じて更生させたりという活動を続けていたのです。大学も引退後のサンダスキーのそうした活動を側面援助していました。

 ところが、サンダスキーには悪質な性癖があったのです。10代前半の少年たちと、練習後にシャワーに一緒に入り、彼等の下半身に触れたり相当悪質な行為もあったようなのです。何人かの親たちがクレームを言ってもサンダスキーの性癖は改まりませんでした。8人の被害者(の家族)が法的手段に訴えていたのですが、最終的に11月4日になって、州の検事総長(アトーニー・ジェネラル)がサンダスキーの起訴を決定して事件は一気に明るみに出ました。

 そこで問題になったのが、事件のもみ消し疑惑です。現在までに、隠蔽工作を行った容疑で、本人以外に2名が起訴されています。大学の上級副学長と、運動部長の2名です。同様の疑惑から、1995年以来在任していたグラハム・スパニエル学長は解職されてしまいました。更に、フットボール部の伝説的な監督であったジョー・パターノ監督も解雇されています。

 11月4日以来、全国ニュースでも連日この事件がヘッドラインを独占しています。時期としては丁度、来年の秋に大学に入学する高校四年生が大学への出願をする季節にかかっていることもあり、大学としては世評を気にしなくてはならないのですが、連日の報道で、同大学のイメージは相当にダメージを受けた形になっています。

 世間の目は大変に厳しいのですが、その一方で先週の9日から10日にかけては、同大学の学生1万人(約4人に1人)がデモに参加して「少なくともパターノ監督の解雇は撤回せよ」と騒ぎ、最終的には大学の自治警察と衝突して、学内で催涙ガスが使用されるという騒動に発展しています。この騒動に関しては、「悪質な犯罪の隠蔽行為に対して1万人の学生が隠蔽を擁護した」のは深刻なスキャンダルだという報道も出ています。

 この事件ですが、背景にはこの「ペン・ステート」が陸の孤島にあり、外界から隔絶された環境の中で、まるで「独立国」のような共同体意識を持っていることがあるように思います。アパラチア山脈に抱かれ、直近の都市まではどうやっても車で2時間はかかるという環境は、学問に専念するには理想的ですが、ある意味で閉鎖的になりやすいとも言えるわけで、事件の背後にも、そして事件に対して「団結して監督の名誉を守ろう」という学生たちの逸脱にも、そうした閉鎖性があるように思います。

 それはともかく、今回どうしてこの事件のことを延々とお話したのかというと、何といっても全米を揺るがしている大ニュースということ、アメリカの大学の持つ求心力の例ということもありますが、現在進行形のこの事件、まだまだ色々な展開がありそうだからです。誇り高いこの学校の関係者、特に同窓会組織がこれから大学の名誉回復のためにどんな動きをしてくるかは、大変に興味があります。

 先週末に買い物に出ましたら、ショッピングモール内で「ペン・ステート」の帽子をかぶった老人を2名見かけました。帽子のロゴはつい最近改定された新しいもので、それをわざわざかぶって、ショッピングに来ているというのは恐らく同窓生なのでしょう。スキャンダルがあるから小さくなるのではなく、だからこそ母校の帽子をかぶって毅然としていたい、そうした心情はいかにもアメリカ的です。

 報道によれば、大学の中では何とか社会的な信頼を取り戻そうと、55万人(大変な数です)という卒業生組織が「性的虐待被害者を救済する基金」を設立して募金活動を行うなど、様々な活動がスタートしているようです。この基金は発足一週間で既に30万ドル(2300万円)を集めたそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story