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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
米共和党内の「ワクチン論争」に意味はあるのか?
9.11の十周年が日曜日で、その翌日の12日には「ティーパーティーとCNNの主催」という変則的な形で共和党の大統領候補ディベートが行われました。ところが、翌日のメディアを賑わせたのは、極めて内向きの話題でした。9.11絡みの、例えばエジプトでの反ムバラク派を支持できるかというような外交政策の論争は本格的には戦われず、話題にもならなかったのです。
話題になったのは、トップランナーのリック・ペリー・テキサス州知事が「子宮頸癌ワクチンの一斉接種」を知事として実施したことで「炎上した」という問題でした。前回の(といってもつい先週ですが)7日のディベートでも取り上げられていたのですが、とにかくペリー知事が「一斉接種」を行ったのは保守政治家にあるまじき「汚点」だとして各候補から総攻撃を受けたのです。
どうして、このような問題が大きな騒ぎになるのか、何とも奇妙な現象の中に、「ティーパーティー」を含む現在のアメリカ保守の特徴が出ているように思います。ペリー候補への批判は次のような点です。
(1)政府が公的資金を支出して、市民の健康に対するサービスを拡大するのは「大きな政府」であり、断固反対。ペリー知事の行為は「オバマケア(オバマの医療保険改革に対する保守派の蔑称)」と同様に犯罪的。
(2)子宮頸癌予防(HPVウィルス感染予防)ワクチンは、副作用があり危険。
(3)前思春期の12歳女児に性感染症の予防接種をするのは不道徳であり、反宗教的。
(4)ペリー知事は州法を整備することなく、知事権限の政令で実施したのは独裁的。
(5)ペリー知事は、ワクチン提供会社からの政治献金を受けており汚職の疑念がある。
批判の急先鋒はバックマン女史で、娘を持つ母親の身としては「危険なワクチンの一斉接種など断じて許せない」と大変な剣幕でした。
ペリー候補としては、まず(4)の州法でなく政令で実施(その後、テキサスでは中止に追い込まれていますが)したことについては、ひたすらに「平謝り」という姿勢でしたが、それ以外の点に関しては「とにかく危険なガン撲滅のために行ったこと」と反論を続けたのでした。
12日のディベート後の世論調査はまだ数字が出ていないので分かりませんが、一部にはトップを走っていたペリー候補も、正式な出馬宣言から30日で早くも失速か、などという言われ方をしています。
しかし、冷静に考えてみれば世界的には有効性の評価が相当に確立しているワクチン接種に対して、このような形で大騒ぎをしているというのは、共和党としては決して得策ではないように思います。にもかかわらず、何とか論争の体裁を取ろうとしているというのは、共和党内の政策は各候補でそれほど差はなくなってきているということがあると思います。オバマの「雇用刺激策第2弾」には絶対反対で一致、財政再建に関して民主党よりもはるかに厳しい目標を立てることでも一致しています。
あとは、あくまで人格論争というわけで、この問題も「ペリー候補がリベラル的で共和党候補としては保守性が足りない」という人格攻撃の材料として取り上げられているわけです。ただ、この問題にあまり突っ込んでいくと、中道票は逃げていくでしょう。評価の確立しているワクチンへここまで批判を続けるというのは、保守ならではの特殊な価値観だからです。
もしかすると、その辺でペリー候補は「本選へ行った際の中道票」を計算に入れているのかもしれません。ただ、そうした観点からすると、「安心できる中道実務家」ということですと、ロムニー候補の方が「勝ち目がある」という見方もできるわけで、この2人の「対決」はまだまだ二転三転ということがあるかもしれません。
逆に「ワクチン憎し」で突っ走っているバックマン候補に関しては、「本選での大統領候補」を狙うことは諦めて、保守票を固め、党内融和の象徴として「副大統領候補」のポストを取れれば御の字、そんな作戦になってきていると見ることもできます。
いずれにしても、極めて内向きなトーン、そして政策はオバマのアンチという域を出ない中、「コップの中の嵐」を続けている共和党です。だからといって現職のオバマが磐石というのでもないわけで、アメリカの政治全体が「小粒」になっているのです。9.11は急速に遠ざかっているようです。
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