コラム

米サッカーの弱点とは? そして「なでしこ」の勝機とは?

2011年07月15日(金)11時04分

 FIFAランキング1位、ワールドカップ優勝2回、五輪優勝3回を誇る全米女子チームは、その「高さ」を含めて大きなカベのように見えるかもしれません。ですが、そこには具体的な弱点があり、「なでしこジャパン」には十分に勝機はあると思います。直近の練習試合で負けているのは事実ですが、W杯の決勝戦という異様な雰囲気での試合では、得てしてそのチームの弱点が大きく浮かび上がる可能性があるからです。

 まず、アメリカのサッカーには3つの特徴があります。1つ目は異様なまでの運動量です。その背景には走りこみの裾野が異常に広いということがあります。高校のレベルでも、サッカーの代表チームに入る入団テストには「1マイル(1600メートル)走」の標準タイムがあって、全国的に男子で6分、女子で7分を切るのが最低条件で、一流と言われるには男子で5分、女子で6分を切らないとダメなようです。どうやって実現するのかというと、高校の場合は陸上部の練習に合流することが多いようで、例えば相当のハイペースで毎日10マイル(16キロ)などというのを高校の4年間通すわけです。そうしてできた運動量は脅威です。

 2つ目は、異常なまでの「前向き精神」です。1点、2点のビハインドでも精神的に絶対に折れずに、むしろモラルを尻上がりに高めてくるのです。今回のW杯でも例えば、準々決勝のブラジル戦などでは、延長に入って120分を過ぎたロスタイムに奇跡的なロングパスにヘディングで合わせた得点で同点に持ち込み、PK戦で勝ってきていますが、そういう勝ち方が可能であるし、また好きなチームだということが言えます。

 3つ目は弱点ですが、男子に比べてレベルの高い女子の場合でも、アメリカのサッカーには「アメリカンフットボール」の悪影響が残っています。そこで、例えば欧州の男子リーグのトップレベルと比較しますと、例えば「シュートはFWに打たせたがる、DFの戻りが早いなど、役割意識の固定観念が強い」「長い縦パスを通したがる」「ボールを長く持ちたがる」「バックパスで回すことへの抵抗感がない」「従って攻撃のリズム感が鈍重」「オフサイドトラップ絡みの作戦に熟練していない」「守備陣形に集団主義が出るので、攻撃への転換が鈍重」という傾向があります。勿論、全米女子代表の場合はほとんどこうした弱点は克服していますが、本当に追い詰められた時にはフッと出てしまうことがあるのではと思われます。

 この3つの特徴に加えて、今回の代表チームには2つの特徴があります。1つ目は、チームの精神的支柱がGKのホープ・ソロだという点です。ソロという人は、アメリカの「体育会カルチャー」には珍しい下克上的な言動で物議をかもしたり、ケガを克服してきたりして話題を呼び、今や全米での人気を誇るスーパースターですが、チームの中での存在感も高いようです。ただ、精神的なリーダーがピッチの真ん中ではなく、後ろにいるというのはやはり特殊です。

 もう1つは、ストンハーゲ監督がアメリカ人ではないということです。彼女はスウェーデン人で、コーチもノルウェー人ということから、指導者からの指示は精神論よりも技術的な指導が主になっていると推察されます。これもアメリカでは異例のことで、その分、ソロ選手の精神的なリーダーシップの位置付けは高まっているのではと思われます。

 こうした点から考えると、次のようなシナリオが考えられます。まず何としても先取点を取ることです。普通の相手と違って、全米代表はここで浮き足立つのではなく、集中力とモチベーションを高めてくるでしょう。そこが狙いです。いわば「ハイ」になった状態に相手を追い込んで、縦横の、特に横や斜めのパスで揺さぶり、相手の運動量を消費させるのです。相手に3割余分に運動量があるのであれば、3割ムダな動きをさせればイーブンですし、4割増、5割増の動きをさせれば、日本が圧倒的に有利になります。

 それでも彼女らの足は止まらないでしょうが、判断は鈍ってくるでしょう。そうなると、悪い癖の「アメリカンフットボール的な」鈍重な攻撃リズム、縦の持ち込みやパスへのこだわりというのが出てきます。こうした攻撃を巧みにセーブしてゆく中で、仮に2点目が取れれば、大将のソロの失点をカバーしようと、ピッチ上ではどんどんモチベーションを高めてくるでしょう。そうなれば、相手はどんどん運動量を消費しつつ、冷静さを失ってゆくのですから日本は有利になります。

 ここで言う「鈍重」というのはチーム全体が状況にシフトするのが一歩遅いという意味で、では、その先に何が生まれるのかというと、ギャンブル性の高い個人プレーが突出する形です。個人個人は運動量だけでなく敏捷性もあるのですが、個人プレーが突出していって結果が伴わないと、全体の動きはどんどん崩れていくことになります。グループリーグの中で、唯一スウェーデンに負けているゲームはこのパターンでした。

 一言で言えば、全米チームの特徴は近代サッカーという競技の本質とは少しだけ「ズレ」ているのです。これに対して、バルセロナ流と言われるまでに精度を高めた「なでしこ」には勝機は十分にあるように思います。決勝戦が大変に楽しみになってきました。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英製薬アストラゼネカ、米国への上場移転を検討=英紙

ワールド

米EV推進団体、税額控除維持を下院に要請 上院の法

ビジネス

マネタリーベース6月は前年比3.5%減、10カ月連

ワールド

トランプ氏、義理の娘を引退上院議員後任候補に起用の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story