コラム

「花火禁止」の規制緩和は実現するのか?

2011年07月06日(水)10時17分

 7月4日は「ジュライ・フォース(独立記念日)」の祝日で、今年は3連休になったことから、アメリカの各地では花火大会が盛況だったようです。私も今年は家族でプリンストン町の花火見物にでかけましたが、何ともノンビリした花火で、いかにもアメリカの田舎の夏という風情でした。

 そんな花火大会でも、結構な人出でごった返すというのには、1つ理由があります。というのは、ここニュージャージー州というのは「花火禁止州」なのです。とにかく、打ち上げ式は勿論のこと、手に持ってやる子供向けの花火にしても、日本の線香花火や火をつける形式の「クラッカー」にしても、販売、所持、使用のすべてが一切禁止なのです。

 アメリカというのは地方自治が徹底していて、日常生活に関わる法律のほとんどは各州や、場合によっては各郡ごとに異なっているのですが、この花火に関して言えば、全米で4州(ニュージャージー、ニューヨーク、デラウェア、マサチューセッツ)だけ、完全禁止を貫いている州があるのです。

 理由としては、火災の危険とか、銃声と混同される治安上の問題、花火を分解すると爆弾の材料になる危険、そしてそれ以前の問題として、正月や独立記念日に「無秩序に花火でバカ騒ぎをされる」のを防止したいという判断が、過去のある時点でされたのだと思います。とにかく個人での花火は禁止なので、市町村の開催する「公式の花火大会」が唯一のチャンスということになるわけです。

 そうは言っても夏の暑い晩に、戸外での夕涼みには花火はつきもので、若者のグループなどは禁止されても花火をやりたがるわけです。そうした「ニーズ」に応えるために、例えば「禁止州」のニュージャージーの隣のペンシルベニアなどでは、州境に近い場所では堂々と「州内最後の花火店」などという看板を掲げて、越境してくるニュージャージーの消費者に花火を売っていたりするのです。

 この春に、ニュージャージーからペンシルベニアへ入り、その丘陵地帯を北上してニューヨーク州の西部へ抜ける旅行をしたのですが、面白いのは「禁止州」のニュージャージーからペンシルベニアへ入ったばかりの「州境」だけでなく、ペンシルベニアから別の「禁止州」のニューヨーク州に抜ける直前の高速のインターにも「ペンシルベニア最後のインター(エグジット)、花火購入はここで!」などという看板があって、花火屋が何軒も営業しているという光景です。

 さて、当然こうした「越境販売」に対して例えば禁止州のニュージャージー政府は怒っており、最近では大規模な訴訟を起こして一応勝訴しています。判決の結果として、こうした「州境の花火屋」では店の内外に「ニュージャージーへの持ち込みを目的とした購入は違法」という掲示をさせられているそうなのですが、依然として「州境の花火屋」が繁盛しているという背景には、花火の密輸が後を絶たない現状があるのだと思います。

 ただ、他の州は分かりませんが、ニュージャージーの場合は、自州で禁止している物品が密輸で入って来ることへの警戒心というのは、基本的に「銃規制賛成派」の心情であって、この「花火の全面禁止」という政策も基本的に民主党カルチャーだったりするのです。

 その点を踏まえてかは知りませんが、先週のニューヨーク・タイムズには「花火規制、税収落ち込みの原因として見直す自治体が増加」という内容の記事が出ていました。全米の各地で昨今の地方自治体の財政難に対して「花火を許可して、その代わりに税収を確保する」という動きが出てきているという長めのレポートなのですが、規制緩和とか花火のドンパチ賛成という意味では共和党カルチャーですが、増税という点では民主党カルチャーとも言えるわけで、今後、ニューヨーク、ニュージャージーの禁止州では「花火規制」がどうなるか興味深いところではあります。

今年は、中西部でひどい山火事が頻発していますが、この地方で花火を禁止するという動きが出ないのは、共和党カルチャーのせいかしれません。(ちなみに、心配されたロスアラモスの原子力研究所周辺の山火事は鎮火しつつあるそうです)

 それはともかく、基本的に、地方自治体毎に政策にバラつきがあり、多様性が存在しているというのは悪いことではないように思います。日本でも、地方自治を進めるのであれば、例えば規制緩和を進める地方があっても良いですし、逆に規制をかける地方があっても良いように思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:日本がアジアでLNG市場構築、国内需要減

ビジネス

アングル:「漸進的な」消費刺激策では足りない中国

ワールド

イスラエル、ガザ停戦交渉団派遣へ ハマス「空虚な動

ワールド

トランプ氏暗殺未遂事件、地元警察が事前に警告=米警
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvs.ハリス
特集:トランプvs.ハリス
2024年8月 6日号(7/30発売)

バイデンが後継指名した副大統領のカマラ・ハリス。トランプとの決戦へ向け、世論の支持を集めつつあるが

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    化学燃料タンクローリーに食用油を入れられても、抗議しない中国人の心理
  • 2
    メーガン妃との「最も難しかったこと」...キャサリン妃の心境が最新刊で明かされる
  • 3
    エジプト北部で数十基の古代墓と金箔工芸品を発見
  • 4
    ロシア軍戦車が公道で「走る凶器」と化す、犠牲者は…
  • 5
    「銃規制は死んだ...」3Dプリンター銃「FGC9」開発者…
  • 6
    事実上の「締め出し」に...トランスジェンダーに厳し…
  • 7
    アフリカと欧州を結ぶ「全長約28キロの海底トンネル…
  • 8
    「アドバイス」はいらない...子が親に求める「本当の…
  • 9
    ウクライナが独自の長距離ミサイル開発へ「ロシア領…
  • 10
    ワグネル戦闘員がマリでの待ち伏せ攻撃で数十人死亡─…
  • 1
    「谷間」がまる見え、だが最も注目されたのは「肩」...ジェンナー姉妹の投稿に専門家が警鐘を鳴らすワケ
  • 2
    パリ五輪のこの開会式を、なぜ東京は実現できなかったのか?
  • 3
    人道支援団体を根拠なく攻撃してなぜか儲かる「誹謗中傷ビジネス」
  • 4
    免疫低下や癌リスクも...化学物質PFAS、手洗いなどで…
  • 5
    化学燃料タンクローリーに食用油を入れられても、抗…
  • 6
    「50代半ばから本番」...女性が健康的に年齢を重ねる…
  • 7
    ロシアの防空システム「Tor」をHIMARSが爆砕する劇的…
  • 8
    ロシア兵が「ナチス式敬礼」をした?という話題より…
  • 9
    養老孟司が「景気のいい企業への就職」より「自分の…
  • 10
    パリ五輪、保守派を激怒させた「最後の晩餐」は称賛…
  • 1
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 2
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 3
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 6
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 7
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 8
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
  • 9
    携帯契約での「読み取り義務化」は、マイナンバーカ…
  • 10
    ルイ王子の「お行儀の悪さ」の原因は「砂糖」だった.…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story