コラム

「アイビー留学」は日本の塾教育の延長ではダメではないのか?

2011年06月29日(水)10時35分

 初夏に日本に行っていた時のことです。中学受験の塾で有名な「四谷大塚」が「全国統一小学生テスト」なるものを開催しており、そのTV広告がやたらに目につきました。まず「出てこい未来のリーダーたち」というコピーに何とも言えない違和感を感じました。それと同時に、小学生向けの「受験塾」に行くということは「中高一貫の有名受験校に入って東大を目指す」ことを意味するのであれば、21世紀の現代に果たしてそれがサクセスへの道なのか、そっちの方も怪しいのに、という印象を持って見ていました。

 ところが私には誤解があったようです。この塾は、小学四年生の「全国テスト優秀者」を30名「アイビーリーグ視察ツアー」なるものに招待しているのです。つまり、もうこの塾も、この塾に子どもを通わせている親も「東大が頂点」だとは思っていないようなのです。東大が高校生向けに「大学説明会」を行っているという話もあり、東大自体が海外に優秀な学生を取られるという危機感を持っていることを思うと、時代の流れは相当に速そうです。

 私は、アメリカの大学教育システムは良く出来ており、特にグローバリズムに最適化した教育が行われていると考える者です。勿論、そちらに頼るより日本の高等教育が時代に最適化するのが正道ですが、そのような改革を進める人材にしても、一旦は外で育てるしかないというのも真実だと思います。ですから、日本人の若者が大学院ではなく、学部のうちからアメリカの教育熱心な大学に進学することは良い事だと思いますし、そのお手伝いをするのにはやぶさかではありません。

 ですが、現在の日本の塾教育の延長では、合格もおぼつかないし、入学後に「戦える」姿勢を身につけるのも難しいのではないか、「視察ツアー」の様子を見るにつけ、そんな危機感も覚えるのです。以下、疑問点を列挙します。

 米国の大学の学費は高額です。学問の自由と引き換えに連邦政府からまとまった助成金を受け取っていないからです。アイビーを含む私立大の学費は年間4万ドル前後、寮費や諸経費を含めた4年間の経費は2000万円コースになります。しかも、日本からの留学の場合は大学側が用意する奨学金の幅は限られます。何もしなければ、米国に優秀な若者を送るというのは富裕層の特権になってしまいます。政府が無理なら財界の組織的な支援体制が必要です。

「未来のリーダー」を育成するという触れ込みですが、描いているリーダー像が古いのが気がかりです。残念ながら日本の現在というのは、途上国型独裁のスタイルで生きるために這い上がる段階ではないのです。脱産業化社会、高付加価値創造型社会へと何とか到達してゆかなくてはならないのです。そのためのリーダー像というのは異なる価値観、異なる感性の間に「つながり」を作り、実務を回してゆく自然体の知恵とスピード感、腰の低さとしたたかな洞察、その底には徹底的なリアリズム、それが最先端の生命科学なり金融工学なりというツールを繰っている、そんなイメージでしょう。

 ですから、お揃いの野球帽をかぶってアメリカを「視察」する小学生に「決意表明」をさせるような「末は博士か大臣か」的な上昇志向のリーダー像は違うと思います。上昇志向の小学生達というのは、失礼ながら20年前の台湾、10年前の中国の感性です。日本社会にはそうした「途上国型のリーダー予備軍」は不要です。

 その「視察ツアー」の昨年の記録を見たのですが、10歳の柔軟な感性をもった子供たちに10日もアメリカ経験をさせて、そのほとんどが日本語というのもムダな話です。どんどん英語を入れていけばいいのです。その代わりに、「ツアー」では毎晩グループ討議をしたり、スピーチさせたりしているようですが、ロジックの対決から和解へという「本当の頭の訓練」ではなく、極めて日本的な「仲間の意見を聞け」とか「みんなで結論を」などという共産主義サークルみたいな活動をしているようなのは気がかりです。方程式を禁止した算術の難問奇問で小さな子どもを痛めつける「珍奇な」カリキュラムと同様に違和感を感じます。

 かなり辛口になりましたが、思春期の「世界との格闘」をひきずったままで「日本がイヤでアメリカに」とか「アメリカで自分をみつめて日本回帰」などというような「個人と国家を混同したアイデンティティ危機」に陥ってしまうような留学体験になるよりは、うんと若いうちに「アメリカ」を紹介しておくというのは悪いことではないように思います。

 本当にそうしたことに取り組むのであれば、堂々とやって本気で日本の若者を海外に出し、そこで鍛えられた人材が、韓国や中国のように「自国に帰って縦横に活躍ができる」ようにするべきです。半端な日本カルチャーを引きずり、古色蒼然とした「立身出世」的な選良意識の「その先に目指すもの」として海外を目指すような「上下の感覚」を残していては、結局は世界で戦えないか、日本に戻って来ない人材を育てることになるのではと思います。

 まして「縮小途上国」に陥りながら、格差が拡大するに任せ、その中で富裕層や特権階級だけが辛うじてグローバリズムにぶら下がっているというような社会を作ることは、全体の幸福にはなりません。そうではなくて、世界と堂々と戦い、自国を見事に幸福に導くようなエリートを育てて行かなくてはならないのです。アメリカの高等教育は、その点では手段として十分に機能する部分があるだけに、今回の塾の「視察ツアー」のような勘違いは大変に残念です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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