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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
アメリカの「原発世論」の特徴と日本への視線とは?
メルトダウンの恐怖を描いた映画『チャイナ・シンドローム』が全国の映画館で上映中の1979年3月にスリーマイル島原発事故が発生し、以降約30年近くにわたって原発の新規着工が事実上凍結されてきたアメリカですが、現時点で「反原発」に向けて世論が大きく動くようなムードはありません。
勿論、個別の問題としては老朽化した炉への懸念、使用済み燃料の保管問題などで連邦と地方、発電会社と当局の確執は浮かび上がっています。また、福島第一の事故発生直後には、放射性物質が飛来するというような風評問題が発生しています。ですが、例えば後者については既に沈静化しており、日本製品への禁輸措置やイメージ悪化という現象も限定的でした。
こうした冷静さというのは、一体どこから来ているのでしょうか? 政治的には、共和党を中心とする保守が推進論である一方で、現在のオバマ政権も新型炉の普及を国策とするなど、賛成反対の対立軸はありません。では、そうした政治状況を支える世論にはどんな特徴があるのでしょうか?
(1)団塊世代のカルチャーが変質したという問題がまず指摘できます。アメリカの団塊は「ベトナム戦争を止めさせた」という「勝利感」に加えて、90年代にはクリントン政権という形で政治を牛耳り、IT革命という形で経済も支配してしまいました。その結果として彼等の多くにとっては反権力による自己実現という動機は消えてしまっています。
(2)そもそも日本やドイツと違って、国家に完全に裏切られて生命・財産・名誉の全てを失った経験はありません。また、分厚い個人投資家の存在や年金基金を通じた投資などにより、株式を保有することで自分たちが企業を監視しているという意識もあります。ですから政財界が自分達を騙しているとか、隠れてコソコソやっているという「基本的な疑念」は人々の原子力政策を見る視線にはありません。
(3)原子力政策に関して言えば、担当閣僚であるチュー・エネルギー長官、それを厳しく監視する上下両院の委員会、そして政策からも民間の利害からも独立した監視機関である原子力委員会(NRC)という統制のあり方が、世論に信頼されているということがあります。
(4)科学リテラシーの構造が特殊です。少なくとも勉強熱心な大学を卒業して官民の主要な地位についていたり、ジャーナリストとして活躍するような人間は、高校から大学にかけて数学とサイエンスはかなり真剣に勉強させられます。ですから、基本的に日本で言う「文系人間」的な発想法、つまり微積分なり統計学なり周期表といった「ツール」を無視した議論が世論に影響力を与えるということは、極めて限定的です。これに加えて大卒以上の女性の科学リテラシーが高く、科学への直感的な忌避や疑念のカルチャーとジェンダーの問題が絡まることも少ないように思います。
(5)原子力政策イコール安全保障の問題という認識が徹底しています。ただ、それは核兵器を積極的に開発する方向かというと、全く逆です。確かにオバマ政権には「長期的な核廃絶」という理念がある一方で、共和党はこれには懐疑的です。ですが、その他の部分、特に「核拡散の阻止」という基本理念、その結果として「プルトニウムが世界に出回ることの阻止」という国策があり、更にはこれを率先垂範するために「使用済み燃料の再処理には消極的(一部再開していますが)」という姿勢については、世論の支持を含めた合意があるように思います。中国とのバランスという観点から、この国策を見直す動きもありますが今のところは限定的です。
(6)エネルギー政策は、経済合理性と市場で決めるシステムができています。ですから、福島第一の事故に端を発した核分裂炉の弱点についても「コスト構造の見直し」を通じて落とし所へ持ってゆけそうな気配もあります。
ということで、基本的には非常に冷静なのがアメリカの「原発世論」です。ですから、日本の福島第一については、「地震国プラス人災」ということにして、自分たちのエネルギー政策への影響はミニマムにとどめたいという意図がアメリカの政財界にあるとして、世論もこれに大きく異議を唱えることはないと思います。
ただ、ここ数日の政府と東電による「1号機から3号機の原子炉については思い切り悲観論に書き換え」る一方で、「3号機と4号機の燃料プールの加熱問題は力ずくで否定」という姿勢にはアメリカとしては警戒感を持っていると見た方が良いでしょう。そうした姿勢の背後に、日本の民主党政権と電力業界が「再処理を含む核サイクル事業」を守るためという動機が感じられるようですと、アメリカは国家の意思として危機感を向けて来るのではないかと思われます。
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