コラム

アメリカの「原発世論」の特徴と日本への視線とは?

2011年05月16日(月)09時57分

 メルトダウンの恐怖を描いた映画『チャイナ・シンドローム』が全国の映画館で上映中の1979年3月にスリーマイル島原発事故が発生し、以降約30年近くにわたって原発の新規着工が事実上凍結されてきたアメリカですが、現時点で「反原発」に向けて世論が大きく動くようなムードはありません。

 勿論、個別の問題としては老朽化した炉への懸念、使用済み燃料の保管問題などで連邦と地方、発電会社と当局の確執は浮かび上がっています。また、福島第一の事故発生直後には、放射性物質が飛来するというような風評問題が発生しています。ですが、例えば後者については既に沈静化しており、日本製品への禁輸措置やイメージ悪化という現象も限定的でした。

 こうした冷静さというのは、一体どこから来ているのでしょうか? 政治的には、共和党を中心とする保守が推進論である一方で、現在のオバマ政権も新型炉の普及を国策とするなど、賛成反対の対立軸はありません。では、そうした政治状況を支える世論にはどんな特徴があるのでしょうか?

(1)団塊世代のカルチャーが変質したという問題がまず指摘できます。アメリカの団塊は「ベトナム戦争を止めさせた」という「勝利感」に加えて、90年代にはクリントン政権という形で政治を牛耳り、IT革命という形で経済も支配してしまいました。その結果として彼等の多くにとっては反権力による自己実現という動機は消えてしまっています。

(2)そもそも日本やドイツと違って、国家に完全に裏切られて生命・財産・名誉の全てを失った経験はありません。また、分厚い個人投資家の存在や年金基金を通じた投資などにより、株式を保有することで自分たちが企業を監視しているという意識もあります。ですから政財界が自分達を騙しているとか、隠れてコソコソやっているという「基本的な疑念」は人々の原子力政策を見る視線にはありません。

(3)原子力政策に関して言えば、担当閣僚であるチュー・エネルギー長官、それを厳しく監視する上下両院の委員会、そして政策からも民間の利害からも独立した監視機関である原子力委員会(NRC)という統制のあり方が、世論に信頼されているということがあります。

(4)科学リテラシーの構造が特殊です。少なくとも勉強熱心な大学を卒業して官民の主要な地位についていたり、ジャーナリストとして活躍するような人間は、高校から大学にかけて数学とサイエンスはかなり真剣に勉強させられます。ですから、基本的に日本で言う「文系人間」的な発想法、つまり微積分なり統計学なり周期表といった「ツール」を無視した議論が世論に影響力を与えるということは、極めて限定的です。これに加えて大卒以上の女性の科学リテラシーが高く、科学への直感的な忌避や疑念のカルチャーとジェンダーの問題が絡まることも少ないように思います。

(5)原子力政策イコール安全保障の問題という認識が徹底しています。ただ、それは核兵器を積極的に開発する方向かというと、全く逆です。確かにオバマ政権には「長期的な核廃絶」という理念がある一方で、共和党はこれには懐疑的です。ですが、その他の部分、特に「核拡散の阻止」という基本理念、その結果として「プルトニウムが世界に出回ることの阻止」という国策があり、更にはこれを率先垂範するために「使用済み燃料の再処理には消極的(一部再開していますが)」という姿勢については、世論の支持を含めた合意があるように思います。中国とのバランスという観点から、この国策を見直す動きもありますが今のところは限定的です。

(6)エネルギー政策は、経済合理性と市場で決めるシステムができています。ですから、福島第一の事故に端を発した核分裂炉の弱点についても「コスト構造の見直し」を通じて落とし所へ持ってゆけそうな気配もあります。
 
 ということで、基本的には非常に冷静なのがアメリカの「原発世論」です。ですから、日本の福島第一については、「地震国プラス人災」ということにして、自分たちのエネルギー政策への影響はミニマムにとどめたいという意図がアメリカの政財界にあるとして、世論もこれに大きく異議を唱えることはないと思います。

 ただ、ここ数日の政府と東電による「1号機から3号機の原子炉については思い切り悲観論に書き換え」る一方で、「3号機と4号機の燃料プールの加熱問題は力ずくで否定」という姿勢にはアメリカとしては警戒感を持っていると見た方が良いでしょう。そうした姿勢の背後に、日本の民主党政権と電力業界が「再処理を含む核サイクル事業」を守るためという動機が感じられるようですと、アメリカは国家の意思として危機感を向けて来るのではないかと思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、新型ミサイルでウクライナ攻撃、大統領公邸攻

ビジネス

ガンホー、森下社長が会長兼最高開発責任者に 本人の

ビジネス

米ディズニーCEO「今後も対中投資拡大」、北京で副

ワールド

米印貿易協定、モディ氏の電話見送りで暗礁=ラトニッ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 5
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 6
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 7
    「不法移民からアメリカを守る」ICEが市民を射殺、証…
  • 8
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじ…
  • 9
    トランプがベネズエラで大幅に書き換えた「モンロー…
  • 10
    マドゥロ拘束作戦で暗躍した偵察機「RQ-170」...米空…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 5
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 6
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 7
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 8
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 9
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 10
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story