コラム

浜岡原発4号機・5号機停止のタイミングについて

2011年05月09日(月)11時28分

 浜岡の4・5号機の停止命令というニュースには驚きました。

 まずアメリカの反応ですが、現時点での詳報としてはニューヨーク・タイムズが田淵寛子記者の例によって「日本の政治経済社会の文脈解説」として浜岡停止命令の記事を電子版に出している程度です。定時のTVやラジオのニュースではかなりの局が取り上げていましたが、感情的な反応、例えば「日本では津波で他の原発も事故を起こしそうなのか」とか「アメリカの原発も停止した方がいい」というような反応は今のところ出ていません。

 それにしても、この時点での停止命令とは驚きました。

 私としては現時点ではタイミングの問題に関係する4点を指摘しておきたいと思います。

 まず第一は、IAEAの日程です。IAEAは5月中旬に日本での査察を予定しています。一部には日本政府が要請したという報道がありますが、この査察日程は3月下旬の緊急査察を受けて早々にIAEAが決めたものであり、その目的は明確です。それは福島第一の深刻な事故を受けて、新しい原発の安全基準を作るためです。

 6月のIAEAの査察は福島第一に限定されないという報道もあります。恐らくIAEAは東海地震の想定、そしてその震源区域内の海岸に建設されている浜岡にも重大な関心を寄せていると思われますから、浜岡の査察も計画していると思います。仮に浜岡の査察が行われるとして、その目的は同じことです。震災の発生が何らかの確率で予想されている地域の海岸では、どのような津波、地震波、電源喪失が予想され、その対処としてはどのような対策が必要かという「国際基準」を提言するためだと思います。その提言を待つことはできなかったのでしょうか?

 二点目は、IAEAだけでなく、世界が注視している福島第一の「より事実に即した原因と経過の分析」という問題です。例えば、米国のNRC(原子力委員会)では、今でも「福島第一における放射性物質の放出は、3号機と4号機の使用済燃料プールの過熱によるものの方が深刻」という仮説を捨てていないようです。

 その可能性については、私は50%よりはるかに低いとは思いますが、仮にそちらの仮説が有力になるようであれば、1号機から3号機の原子炉の冷却失敗という問題よりも、「全電源喪失による使用済燃料プールの過熱」こそが、この事故の中心ということになります。その場合は、浜岡の4号機・5号機の停止はナンセンスということになります。非常に単純化して言えば、燃料の寿命が来るはるかに前の炉から、使用中の「燃えている」燃料棒を取り出すという行為の方が、原子炉を稼動させ続けるより危険だということになるからです。

 勿論この仮説の可能性は低いのですが、全く排除できるわけでもありません。こうしたストーリーも排除できない中で、「事故の原因と経過」の確定を待たずに浜岡の炉を止めるというのは、手順が違うのではないかと思います。

 三点目は、二点目にも関連しますが、停止後の燃料冷却の問題です。停止後の燃料は、運び出せるまで数年を要します。それまでは浜岡の燃料プールで「ウェット冷却」を続行するしかありません。まず、5月の決定を受けて2基の稼働中の原子炉を停止して、使用中の熱い燃料棒をプールで循環冷却するということ自体が、夏場にかけての安定した電源供給を前提としていなければならないという点は考慮に入れる必要はあると思います。

 首相の発表がそのまま実行されれば、この浜岡は全部止めることになります。ということは、冷却用の電源は完全に外部電源に頼ることになります。万が一大停電が発生した場合に、全原子炉を止めた原発の場合は、燃料プールに「アツアツの燃料棒」が冷却中であり、そのそばには非常用のディーゼル発電機しかないというのはやはり危険だと思います。

 原子炉を止めても、冷却中の燃料棒には「津波の脅威」や「全電源喪失の脅威」は残るのです。その安全対策は「福島並み」では許されないはずで、この「燃料冷却の安全性」の問題を無視して、とにかく「止めれば良いだろう」というのは安易であると思います。

 四点目は国内の安全基準です。例えば、福井県などでは点検中の炉を稼働させるかどうかの判断は、政府の新しい安全基準が示されないとダメだという姿勢に傾いています。新しい、そして国際基準にも適合した国内安全基準の改訂が一刻も早く求められています。

 いずれにしても、「福島第一の事故」を受けて国際社会がやろうとしている手順、つまり「原因と経過」に関する査察と国際的なオーソライズ、それを受けてのIAEA新安全基準づくり、この流れを尊重すべきです。浜岡を止めるのであれば、その新しい国際基準を受けての新国内基準が確定し、それを受けた形での停止の判断というのが物事の順序だと思います。別段これは、何年もかかる話ではありません。6月には見えてくる話です。どうしてこの手順が待てないのでしょうか?

 更に言えば、仮に「浜岡を停止する判断」と「IAEAを中心とした原発の安全性に関する新しい国際基準」更には「国内の原発安全性の新基準」という3つの問題がお互いにバラバラになっていくというのはまずいと思います。これでは、折角の福島第一の教訓を人類として生かすことにはならないと思うからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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