コラム

震災で浄化した日本の「国家イメージ」を手放しで喜んで良いのか?

2011年04月25日(月)12時51分

 アメリカのメディアは「英国のロイヤル・ウェディング」報道一色になっています。結婚式は金曜日ですが、先週から既に報道は過熱気味です。この「ケイトとウィリアムの物語」というのは、ダイアナの悲劇を背負った一族へ「嫁ぐ」決意をしたケイト・ミドルトンの「覚悟」と、そのハートを射止めたウィリアムという「キャラの立った」ストーリーであり、それがアメリカの人々の琴線にも触れたのは事実でしょう。

 ですが、ここまで報道が加熱する背景には、この間のニュースが余りにも暗かったことへの反動という面もあるように思います。その暗いニュースというのは日本の東日本大震災、そして大津波による甚大な被害と原発事故のことです。発生以来1カ月半、アメリカは本当に大きくこのニュースを取り上げてきました。エース級のキャスターを日本へ送り、泣いたり怒ったり、臨場感ある報道を続けてきたのです。

 日本の悲劇に徹底的につきあったことで、さすがのアメリカ人も疲れてきた、そこへケイトとウィリアムの満面の笑顔が出てくると、思わずホッとさせられる、そんな要素も否定出来ないように思います。日本人としては心外ですが、それほどまでに、アメリカは震災に見舞われた日本を注視していたし、そこには何の偏見も、邪念もなかったと言って構わないでしょう。

 おかしな発言としては、女子バスケの選手が「震災と真珠湾の因果応報」的な発言をして物議を醸したというニュースがありましたが、例外はこれぐらいで、後は各コミュニティの募金活動からメジャーリーグ開幕時の黙祷まで、アメリカ人はしっかりと誠意を示していました。

 私が感慨を持ったのは、日の丸のイメージが変わったということです。例えば、多くのミュージシャンや業者が募金運動を進めるために日の丸をアレンジしたTシャツをデザインしていましたし、雑誌の表紙やTVの特集番組のタイトルにも日の丸が多かったように思います。極めつけはニューヨークのエンパイアステートビルで、4月の第1週には「がんばれ日本」という趣旨で白と赤のライトアップが施されています。

 中には悲劇的なイメージにしようと影をつけたり、ヒビの入ったものなど特殊なデザイン処理をした日の丸もありましたが、1つ指摘しておきたいのは「日の丸=軍国日本」というネガティブなイメージが皆無であったということです。長い年月にわたって国際社会で平和的な姿勢に徹した結果として、日の丸のイメージは「浄化」されており、それが今回の被災により同情や支援の対象となることで決定的になった、そう見て構わないと思います。

 イメージの「浄化」と言えば、自衛隊についても大きな変化があったように思います。劣悪な環境で遺体の捜索をしたり、身元の判明した遺体を簡素な土葬にする際に、最敬礼をして死者に敬意を示す自衛隊員の人々の姿は、アメリカの新聞でも取り上げられていました。そうした写真には悲劇の中にあって、品位を失わない日本人への畏敬というニュアンスが濃厚であり、ここでも「悪しき軍国日本の伝統を受け継ぐ」というような偏見は皆無でした。

 では、アメリカ人から見て、日本人のイメージが格段に良くなったのかというと、必ずしもそうではないのが残念なところです。「軍国日本」のイメージは消えているのですが、「顔の見えない日本人」「何を考えているのか分からない日本人」というステレオタイプはなくなっていません。

 それどころか、原発事故の詳細に関するデータ発表の遅れや、政府発表の切れ味の悪さなどについては、相変わらず悪いイメージで見られているのは事実です。例えば、ニューヨークタイムス紙などは、官邸、原子力安全・保安院、東電の三者がどうして意思疎通が上手くいっていないのかなどという問題について、東京発の詳細なレポートを出し続けており、そうした記事を読むと読者はどうしても日本の官僚組織への不信感を持ってしまうようです。

 確かに「日の丸」そのもののイメージは格段に良くなっているのですが、一方で、アメリカ人には「会見前に日の丸に敬礼する菅首相や枝野官房長官」の映像を見せられると、これは決して良いイメージにはならないのです。どうしても「組織の論理の前に、個を埋もれさせ、真実を語る権限を許されない」存在、いわゆる「公式発表」に終始する非効率な組織の歯車にしか見えないのです。

 原発の事故について方向性の見えない時期に、CNNは枝野長官の会見映像を散々流しましたが、そのたびに「日の丸に敬礼する」長官の画像を意味もなく必ずつけて編集していました。その編集はニュースの中身には意味が無い分だけ「なんとも言えないオリエンタルな雰囲気」とともに伝わり、結果的に長官の発言の信憑性も減額される効果があったのです。

 敬礼が「オリエンタルな」というのはやや語弊があります。もう少し正確に言うと次のような感覚です。日本国内向けには「国旗に敬礼すること」とは「国家何するものぞとの尊大な姿勢は取りませんよ、自分は平凡で安全な人間ですよ」という意味しかないわけですが、CNNの編集にかかると「国旗というモノに拝跪する」のは「矮小な人間」であり、組織の論理に勝って正義や最適解を適用することは期待できない「無能な存在」というイメージになってしまうのです。菅首相の「敬礼」がCNNで流れたときには、特にそうしたニュアンスが強く感じられました。この辺は単に文化の違いで片付けられない問題のようにも思います。

 顔の見えないということでは、原発事故収拾のために現場で苦労している作業員の方々も、実名報道もダメなら肉声のコメントを海外に紹介することも禁じられているわけです。これも、日本側では個人情報を守るというタテマエの裏には「原発の賛否に関して国論分裂の火種になるような生々しいコメントは迷惑」ということと、「下請けの作業員が発注元の経営者より上位の名誉を与えられることを許容できるカルチャーが経済界にはない」というようなことがあって絶対に不可能ということなのだと思います。一方で、海外からは作業員が匿名のヴェールに覆われていることが「封建的な支配」があるように見え、それが「安全性への懸念」を増大することになるわけです。

 思えばまだまだ「軍国ニッポン」とか「エコノミック・アニマル(ひどい言葉ですが)」といったイメージが残っていた時代にも、多くの科学者や音楽家、スポーツ選手など「顔の見える日本人」が日本のイメージ向上に貢献していたように思います。今は国のイメージは格段に向上しているのですが、「顔の見える存在」はほとんど無いという皮肉な状態と言って良いと思います。

 復興にしても原発処理にしても危機が続いている中、閣僚クラスの海外出張(「外遊」という妙な単語はこの際止めてはどうでしょう)がなかなか実現しないようですが、どこか一段落したところで、支援への謝礼と、事故処理の報告を兼ねて首相なり主要閣僚が主要国を回って「顔」を見せることは必要と思います。

 英国の「ロイヤル・ウェディング」報道が必要以上に加熱するのも、日本の悲劇的なニュースを見るのに疲れたということに加えて、「顔の見えない話」に疲れたという面もあるのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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