コラム

「放射能いじめ」の原因はモラルよりも日本語の問題ではないのか?

2011年04月15日(金)12時39分

 千葉県船橋市で、福島から避難してきた子供に対する一種の「いじめ」があったらしい、というニュースが大きく伝えられています。報道(例えば毎日の電子版)によれば、次のような経緯のようです。

(前略)兄弟は3月中旬、市内の公園で遊んでいると、方言を耳にした地元の子供たちから「どこから来たの?」と聞かれた。兄弟が「福島から」と答えると、みな「放射線がうつる」「わー」と叫び、逃げていった。兄弟は泣きながら親類宅に戻り、両親らは相談。「嫌がる子供を我慢させてまで千葉にいる必要はない」と考え、福島市へ再び避難した。(以下略)

 私は方言の話も気になっており、被災地の人々が東京などの公の席で堂々とお国ことばを話せるようになることを今回の復興の目標設定に入れるべきと思っています。それはともかく、この「事件」に対して、船橋市の教育委員会は、3月28日に市立の小中学校に文書を出して、「(放射能への)大人の不安が子どもたちにも影響を与え、冷静な対応がとれなくなることが危惧される」として、避難児童に「思いやりをもって接し、温かく迎える」「避難者の不安な気持ちを考え言動に注意する」と通知したそうです。

 この文面に不誠実なものがあるとは思えません。比較的迅速に対処をしたのは評価すべきと考えます。ですが、残念ながら即効性は期待できないように思います。それは先ほどのような言動が起きるのは、今の子供たちに「思いやり」が欠けているからではないからです。また、子供たちが「避難者の不安な気持ち」を理解していないからでもないからなのです。

 問題は、今の子供たちは「思いやり」や「相手の不安を和らげる」ような表現をする言葉を奪われているという点にあります。別の言い方をすると、「非常事態に耐えうる言葉」と「初対面の人間と関わりを持つ会話のストラテジ」をほとんど教えられていないのです。

 まず子どもを取り巻く言語の問題ですが、現代の子どもの会話スタイルは、小集団の中での関係性や相互の自尊心への配慮などを言外のニュアンスで表現する方向に高度化しています。その一方で、親や教師も「だ、である調」のカジュアルな話法でしか子どもに接することができず、閉じた小集団における「そうだよね。だってそうじゃないか」というような「濃厚な言外のニュアンス」で意思疎通するしかなくなっているという問題があります。

 その結果として、子供たちの言語環境が「日常の狭い関係性の中での洗練」に達し、逆に「非日常性」を処理したり、「初対面の相手との関係性の構築」ができなかったりということになるわけです。

 方言が差別されたり、転入生がいじめの対象になってしまうのも、加害者の側に最初はそれほど悪気があるのではないのです。ただ「小集団の中での洗練された濃厚で簡素な会話スタイル」では済まない異分子とのコミュニケーション能力が欠落しているので、会話が不可能なのです。「わー」と言って逃げていったというのはそういうことで、「放射線がうつる」などというのは、悪い大人からもらった後付けの理屈だと思います。

 そのような状態に子どもの言語環境を追いやったのは、大人の日本語であり、特にテレビの影響が濃いと思います。今回の震災で明らかになったのは、そのテレビの日本語が「異常事態を受け止める強度」を持っていなかったという問題でした。気を使いながら再開したバラエティが「すべって」いたのも、放映を再開したCFに場違いな感覚があったのも、NHKの報道への信頼がやたらに高くなったのも、同じ理由です。

 大人の日本語も基本的には子どもの状況と一緒です。「ですます調」を駆使して、対象とも相手とも距離を置きながら、厳しい内容でも受け止める「ことばの強度」を持てていないのは、小集団の中での「だ、である調+濃厚な内輪のニュアンス」から来る話法ばかりに走っていたからです。ちなみに、そうした文化と無縁に見えたアメリカ社会でも、ネットの影響などもあって、ここ数年こうした「内輪言葉の発展+輪に入れない人間へのいじめ」という現象は問題になってきています。

 日本の場合に戻りますと、震災の直前までは、こうしたトレンドの猛威はとどまるところを知りませんでした。民放を中心に、瞬間的な「キャラクターの擬似リアリティ」に頼ったバラエティ仕立ての番組ばかりになっていたわけです。その結果として「大真面目な言葉」や「社会性のある言葉」は「ほとんど死語」になっていました。3・11まではそうでした。

 それがあの大きな震災に見舞われると、一転して「NHKニュース」のような「大真面目」な「ですますスタイル」でなくては「深刻な事実に対抗できる表現の強度」は確保できないことが分かったわけです。ちなみに、衛星放送をずっと見ていた私には、震災直後の緊急事態においてはNHKのアナウンサーの中でも、横尾泰輔アナの厳しい口調が一番安心感があったように思われました。

 とりあえず、大人の日本語としては「ですます」のNHK調があったわけですし、本当にプロとしてビジネスや行政の最前線で厳しい仕事をしてきた人は、こういう時でもキチンとした日本語で仕事をしていたのだと思います。

 かわいそうなのは子供たちです。遠くから苦労して避難してきた初対面の仲間に対して、声をかけてあげる話法を彼等は教えられていないのです。勿論、放射線や被災地の状況など「正確な知識を入れる」ことも大事です。ですが、話し方の問題の方がやはり難問だと思うのです。では、どうしたらいいのでしょう?

(ア)とりあえず「優等生的」とか「学級委員風」というネガティブなイメージで捉えられていた「フォーマルな子ども言葉」を復権させてみる。例えば「みなさん、大事なことですから、先生のお話をよくききましょう」という種類の話法から、子どもっぽい権力臭を抜くことはできないか?

(イ)子ども同士では「サザエさん」のカツオ君やワカメちゃんの比較的品位のある「子ども言葉」を導入してみる。「ありがとう。よかったね」とか「そんなこと言っちゃダメよ」という昭和風。

(ウ)子どもに「ですます調」のパブリック・スピーチの訓練をしっかり。その際に「ですます」での質疑応答の真剣な対話経験も。

 勿論、これだけではダメでしょう。言語とは生き物であって人工的に移植しようとしても難しいからです。例外的かつ深刻な内容を語ることができ、初対面の相手に品位をもって接することのできる言葉、これを現代の時代感覚を持った子どもたちと一緒に一から作ってゆかないといけません。

 仮にそうであるならば、今こそ、正にその生きた学習の機会です。まずは教師が子どもに対して「ですます調」でキチンと話すことが大事なのではと思います。子どもを過剰に子供扱いすることをまず止める、それが子どもの人格をより認めるというメッセージになれば、少しずつ子どもの心を動かしていけるのではないでしょうか? 社会性のある言葉を教えるためにも、まず教師と生徒が適切な距離を取ることからスタートしてはどうでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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