コラム

菅政権の「レベル7」決定の政治的な意味を考える

2011年04月13日(水)11時48分

 東電福島第一の事故は「レベル6」とすべきでした。

 1986年の「チェルノブイリ事故」と同等の「7」にする必要はなかったと考えます。

 放出した放射線量だけで判断すべきではないと思います。事故発生後の爆発で少なくとも約30名が死亡し、高い線量を浴びて急性白血病に罹患した作業員も多数出ていたチェルノブイリと比較すると、東電福島第一では事故後33日を経過した現時点で、事故による死者も急性白血病罹患者もゼロにとどまっています。そして高濃度の放射性物質の飛散とその健康被害をもたらす可能性も異なります。

 総合的に見て被害の規模は一段階低いと言わざるを得ません。加圧水型炉の事故として考えても、大規模な放射線物質の飛散を伴う爆発的な圧力容器の破壊は起きておらず、質的な評価としても「6」が妥当と思います。

 今回「7」という発表がされたことの弊害は明らかです。

 直後の12日の東京市場の株は下がりました。日経平均で1.7%という下落です。これは世界を回りまわって同日のニューヨークも0.95%の下げとなっています。これは原発や電力会社だけでなく、日本の全産業に与えるダメージ、つまりトータルとしての日本経済のダメージが大きくなるという予想を前提とした市場の直感的反応として受け止めるべきです。

 とにかく日本の事故があの「チェルノブイリ」と同規模だということになれば、海外から日本への渡航者の減少、外資系企業の日本脱出、日本製品のイメージ毀損ということでの影響は更に大きくなると考えられます。少なくともアメリカでは新聞、TV、ネットのいずれにおいても、この「レベル7」という発表が大きく報道されています。

 私がこの「レベル7」に批判的なのは経済的影響だけではありません。また、東電や政府を擁護したいからでもありません。どうして「レベル7」にしたのか、という点に政治的な判断を感じるからです。

(1)この日までに完了した「低レベル放射線物質汚染水の海洋放出」が、国際的な批判を浴びているが、この問題について、「レベル7」だったので「やむを得ない」という反論がある程度可能になる。また、今後の「やむを得ない放射性物質の排出」がやりやすくなるという計算をした可能性もある。

(2)飯舘村など20キロ圏外であっても、地表に降った放射性物質からの線量がいまだに高く、累積被曝量を考えて「計画避難地域」を設定したが、「レベル7」ということを理由に、この該当地域への追加の避難勧告ないし命令が出しやすくなる。20キロ圏内を「警戒区域」として再度の避難体制を敷くのも同様。

(3)「レベル7」発表前日の11日にNHKの「ニュース・ウォッチ9」でウィーンのIAEA天野事務局長にインタビューしていたが、その際に天野事務局長からは(その時点では5であった)「レベルの引き上げは日本政府の判断」とアッサリ逃げられてしまった。その結果として「日本政府の責任でレベル7」という発表となった。

(4)「政敵」が包囲網を狭める中で「レベル7」だと居直ってしまえば、菅政権としてある程度開き直りが可能。例えば「過小評価を続けた菅政権の責任は重大」(みんなの党の渡辺喜美代表)「今更7とは何だ」(小沢一郎氏)というような中身のないリアクションを見ても、「レベル7」という「マイナスの切り札」の効果はあったと思われる。

 問題は(1)と(2)です。もしかしたら、菅政権は1号機と2号機の「ベント」を考えているのかもしれません。1号機に関しては格納容器内の水素爆発を回避するために、窒素を注入したのですが1.95気圧以上は上がらなかったという報道(毎日新聞の電子版)があります。どこかに漏れがあって思うように行っていないのであれば、危険を回避するために、格納容器の上部にある弁を開放して気体を放出するという判断はあり得ます。

 また1号機の場合、なかなか温度が下がらないので格納容器内を水浸しにするという手段も検討されているようです。その場合も気体を放出して圧力を下げる必要があります。2号機の場合は、格納容器下部の圧力抑制室に破損の可能性があり、窒素注入も水浸しも困難ではないかと思われます。となると1号機ほど切迫していないものの、やはり水素爆発を回避するためのベントが必要という判断もあるかもしれません。

 この「ベント」ですが、事故直後とは状況が違います。建屋上部は既に吹き飛んでいるので「最後の砦」はなく、今回もしもベントをやる場合は、大気中に直接ということになります。発生直後の水素爆発に比較すると、放射性物質の飛散は少量に抑えられるかもしれません。ですが、仮に少量であっても計画的に放出するのであれば、問題になるのが、汚染された気体をどの方向に向けるかです。つまり風速風向をどう計算するかという問題です。

 1つの判断は「西風に乗せて太平洋側に」ですが、低レベル汚染水に続いて汚染気体を「インテンショナル(意図的)」に海へ飛ばしたとなると各国からの非難が再燃する可能性があると思われます。となると、陸地の方向へ流れることを予想した「風向風速」で実施するという判断に追い込まれる可能性もゼロではありません。そう考えると「計画的避難地域」の設定には、現時点での線量からの累積被曝への懸念に加えて、別の意味合いも出てくることになります。

 この問題には(3)が絡んできます。本欄4月6日のエントリで期待したようにIAEAの権威を使って、汚染水放出にしても公海へ向けてのベントにしても、規制なり指導をもらって実施するという可能性は全くゼロではなかったと思うのです。ですが、今回のように唐突に「レベル7」が官邸から出てきたことは、こうしたIAEAが規制を作って、日本がそれに従って作業するという流れが難しいことを示唆しています。

 例えば、11日の発言の中で天野氏は「6月の閣僚級会議」を同氏が重視していると述べています。IAEAとしては、日本の事故処理に協力するというよりも、米仏の当面の原子力政策に大きな動揺を与えないようにすることを優先していると解釈できます。その後、IAEAからは(デニ・フロリ事務次長)「チェルノブイリとは違う」というコメントも出ていますが、これも「日本の処理を支援」という立場というよりも、米仏の核戦略と核をめぐる世界の情勢を踏まえての発言とみるべきでしょう。

 こうした問題と比較すれば、(4)の国内政局など甘い問題です。小沢一郎、渡辺喜美両氏のリアクションを見ても、「レベル7というマイナスの切り札」を切った菅政権の「決死の形相」には対抗できていないのは明らかです。統一地方選の結果を受けた政局は確かに騒がしくなりましたが、倒閣運動の側に現政権以上の危機管理能力があるという証拠は感じられません。

 私は「レベル6」にとどめながら、個々の問題については、国際社会とも福島県とも粘り強い対話を続け、同時にIAEAに実務レベルも含めて規制という「枠組」を示してもらい、汚染水の放水にしても、再度のベントにしても行うべきであったと思います。今はただ、「6」ではなく「7」であるという悲壮感が、判断を歪めたり、情報公開を渋ったり、合理的な説明を省略したりするような結果にならないよう祈ると同時に、経済的なダメージが最低限に抑えられることを祈るばかりです。

 ベントが必要かどうかという問題は、あくまで私の推測です。ですが、仮に実施する場合は事前に「放射性物質の放出総量の予想値の上限」を発表した上で、20キロ圏と「計画的避難区域」は一時的に避難という措置を行いながら、国際社会と十分に協議の上で「可能な限り海へ向けて」実施すべきだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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