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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
東電原発事故、アメリカの当面の見方から「全体像」は浮かぶのか?
現時点では原子炉の冷却用に投入された水が、放射性物質を含んだまま流出して海水を汚染しているという問題が一番の懸念材料になっているようです。一方で、政府の見解(例えば4月3日にTV番組で示され報道された、細野豪志首相補佐官見解)としては、汚染した水の処理をしながら炉内の燃料を冷却することで、最終的には放射性物質の大気中への発散を止めることができる、そこまで数カ月というレンジで考えているようです。
この問題に関するアメリカ側の見方ですが、ここへ来て何人かのトップレベルの専門家から現状に関する分析が発表になっています。一つ大きな話題になったのは、4月1日付の「ニューヨーク・タイムズ」が報道したスチーブン・チュー米エネルギー長官の発言です。チュー長官は、ノーベル物理学賞を受賞しているこの分野の権威ということで、オバマ大統領に請われて内閣に入っているのですが、長官の発言は現時点でのアメリカにおける「東電福島第一」に関する公式見解と言って良いでしょう。
このチュー長官の見解に付随して話題になったのは、グレッグ・ヤツコ米原子力委員会(NRC)委員長の「4号機燃料プール」に関する見解です。ヤツコ委員長は、事故の初期段階における、この「4号機」のプールの状態に関する悲観論(水はカラ)で日本に衝撃を与えました。指摘が衝撃的なだけでなく、チュー長官と見解が異なっていたことも異例でしたが、ここへ来て「プールは満水」という見解に変わってきています。
この2人の発言内容との整合性では、3月21日にスタンフォード大学のCISAC(国際安全保障協力センター)が行ったセミナーでの、同センターの客員であり、仏アレヴァ社系列の燃料処理企業の幹部、また元IAEAの研究員であったアラン・ハンセン氏が行ったプレゼンテーションの内容が、専門家の間でも評価されています。ちなみに、ハンセン氏は震災当日は京都にいたそうです。
とりあえず、このチュー長官、ヤツコ委員長、ハンセン氏の見解を総合したあたりがアメリカでの平均的な現状分析だと思います。以下は、これら三氏の見解をベースに、専門家とのディスカッションを続けて筆者がまとめたものです。
(1)燃料の溶融が最も激しいのは「1号機」で70%、次いで「2号機」の33%というシミュレーション結果。(チュー長官)「1号機」は冷却停止状態が27時間継続した可能性があり、その結果、燃料の上部全体が最低1800度、中心部で2500度、最悪で摂氏2700度まで上昇か。(ハンセン氏)
(2)最悪の状態においても、溶融した燃料は飛沫が圧力容器内に飛散した可能性はあるが、圧力容器底部に全く水のない状態があったとは考えられず、また鋼鉄製の圧力容器は摂氏2800度までは耐えられることから「圧力容器底部の底抜け」が起きている可能性は低い。(ハンセン氏)従って燃料が格納容器の底まで達していて、臨界の危険があるという可能性は低い。
(3)「1号機」「3号機」の水素爆発は、燃料棒のジルコニウム皮膜が高温となったウランと反応して発生した水素が「ベント」によって建屋に充満、爆発したもの。(ハンセン氏)建屋を「5重の壁」の最後の砦としてその中に「ベント」をすることと、そのために建屋内で水素爆発が起きるのは「設計上の仕様」であり、その際に建屋がうまく上部だけ崩壊して格納容器を守るのも「仕様」。ビジュアルではひどい爆発に見えるが想定内。(ハンセン氏)ということですから、「1号機」のベントを早くやれば水素爆発は起きず、また事態も悪化しなかったという議論は、説得力はないように思います。(冷泉注)
(4)建屋の上部が吹き飛んだ二機とは挙動が異なる「2号機」では何が起きたのかということでは、恐らく「圧力抑制室」に水素が溜まって爆発したために、建屋上部での爆発は起きなかったのではないか? 原因不明の線量の急上昇や、線量の高い汚染水の存在からそのような推測が成立する。(ハンセン氏)
(5)各炉の圧力容器内の圧力は3~4気圧と考えられる。ということは、「底抜け」などの大きな損傷は恐らくないであろう。一方で、沸騰状態が続いているのも確実、かといってどんどん圧力が上がるのでもない、ということは圧力容器内に(底ではなく横、もしくは配管系)マイナーなダメージがあると見るべきではないか。(チュー氏などの見解から)とにかく現状では、水で冷却すると汚染された蒸気が出る、それが漏れる中で、放射性物質の大気中への放出はゼロにはなっていない。(チュー氏)
(6)「4号機」の燃料保管プールは、恐らく相当長い間「カラだった」のであり、水素爆発が建屋で起きたこと、その原因としては燃料棒のジルコニウムとウランの反応が起きるような高温状態があったと推測できる。仮にそうであれば、「4号機」からは空気中に相当な線量が出ていたと推測できる。(ヤツコ氏、ハンセン氏)また今はプールに水が満水で、安定に向かっていると考えられる。(チュー氏、ヤツコ氏)万が一火災が発生していたら大変に危険だったが今は大丈夫。(ハンセン氏)
とりあえずここまでの議論は、政府見解と大きくは違いません。ただ、日本側は「全体像」を示していないのは問題です。一方で、このストーリーで全てが説明できるとか、安心してよいということにはならないと思います。大前研一氏が27日に指摘している「最悪のシナリオ」つまり、圧力容器の「底抜け」が一基もしくは複数で発生していて、格納容器底部での臨界の発生を警戒しなくてはならず、炉に接近しての作業の困難が続くという可能性も全く排除はできないようにも思います。また線量の急上昇の原因が、どの原子炉のどんな挙動によるのかは、完全に解明されていません。
ところで、このアメリカ側の見解が正しいにしても、圧力容器や圧力抑制室に漏れがあるとか、配管に損傷があるのであれば、沸騰を止めるまで水を入れ続けることが必要になります。ということは、その時点までは汚染された水が出続けるわけで、今議論されているタンカーとか、浮きドック、あるいは陸上の汚染水貯蔵プールなどの対策が必要になるわけです。そっちを先にやって、やがて沸騰が止まり、蒸気にも水にも線量が出なくなった時点で、安定的な冷却システムの復旧をスタートさせる、そんな時間軸での話になるのだと思います。
とりあえず、アメリカで今色々と議論されている内容から積み上げた「全体像」はこのような形です。私は専門家ではありませんので、ここまでお話しした内容の確度は保証しかねます。ですが、東電福島第一の「全体像」の描き方ということでは、このような整理、つまり「何が起きたのか?」「現状はどうか?」「冷却の方針は?」「汚染水の処理は?」「放射性物質の放出が停止するのはいつ?」ということを整理して開示することが必要だと思うのです。
遅すぎた感もありますが、東電、安全・保安院、内閣の合同で、国際社会に向けての「現時点での公式見解」をしっかり発表してもらいたいと思うのです。その際には、最低でもこうした一連の問題を押さえた「全体像」が要求されます。
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