コラム

環境激変のメジャーリーグ、日本人選手は大丈夫か?

2010年10月06日(水)11時54分

 今年のMLBの公式戦は、最後に来て盛り上がりを見せていましたが、最終162試合目で決着した地区が多く、とにかく「ワンゲーム・プレーオフ」は無しですんだ形です。月火の短い休養と移動を経て、いよいよ「オクトーバー・ベースボール」、ポストシーズンが開幕します。それにしても、今年のMLBは色々な意味で大きく環境が変わり、ペナントレースの結果もこれを反映していました。

 明らかだったのは「投高打低」という傾向です。ブレイデン(アスレチックス)とハラデー(フィリーズ)の2つの完全試合を含む6回もノーヒットノーランが出ただけでなく、誤審のための準完全試合もありました。20勝投手も、その完全試合をやったハラデーとウェインライト(カージナルス)そしてサバシア(ヤンキース)と3人出ています。17勝以上ということでは両リーグ併せて14人、更にはストラスバーグ(ナショナルズ)やチャップマン(レッズ)などといった新人投手も話題になりました。

 その一方で、ポストシーズンに進出したチームを見ると投手力をはじめとする選手個人の能力よりも、老獪な監督の卓越したマネジメントが光った年だとも言えるでしょう。レッズのベーカー監督、フィリーズのマニエル監督、ブレーブスのコックス監督、レイズのマデン監督など、いぶし銀というか狸というか、一クセも二クセもある熟年監督が、若いチームを引っ張り乗せていったという側面が大きいと思うのです。

 その背景には従来のMLBが濃厚に持っていた「スター軍団」であるとか「長打力で敵を圧倒」というような、ワガママなスーパースターがパワーでねじ伏せるような野球が過去のものになったことを意味します。その奥には二つの要因があるように思います。まず、2008年秋以来の大不況が球界を直撃したという要素が大きいでしょう。観客動員数は2008年から09年、そして10年とジリジリと減りつつあります。また、2010年には多くのスタジアムで料金値下げの動きがありましたし、放映権料は大幅に値崩れはしていないようですが、下がっているようです。そのような厳しい状況の中、ベテランの高給取りはどんどん放出されて、各チームが若返りに取り組んだのです。プレーオフ進出の8チームはこれに成功したチームだと言えるでしょう。

 更にその奥には、かつての「スーパースター」の一部に薬物汚染があった、そしてそれが恐らくは水面下に広がっていたという問題があります。悪質な人間は追放され、あるいは告白してダメージを受けた一方で、「逃げおおせた」選手の間でも薬物の「効果」はここへ来て根絶されたと言っていいでしょう。いわゆるベテランの「強打者」の中では、深刻なスイングスピード低下に苦しむ姿が散見されるのですが、そのウラには人に言えないこうしたエピソードがあるように思います。投高打低、そしてベテラン監督と若いチームの躍進という背景には、拝金主義と薬物の追放という「本質的な変化」があるのです。そして、私は、この新しい野球は素晴らしいと思います。

 今年の日本人選手に関しても、こうした傾向に乗って行った選手は成功しています。例えばそれは黒田博樹投手(ドジャース)であり、岡島秀樹投手(レッドソックス)であり、後半戦の上原浩治投手(オリオールズ)や高橋尚成投手(メッツ)でしょう。相手打者への研究を怠らず、攻めの姿勢でストライクゾーンを果敢に狙うスタイル、そして監督やコーチとの信頼関係を大事にするスタイルが、こうした「新しいMLBの環境」の中でも光ったのだと思います。その他の今年不振に陥ったり、チームが崩壊した中でのプレーを余儀なくされた選手というのは、こうした新しい野球の中での緻密さや攻めの姿勢が十分でなかったり、監督を中心としたチームの濃密なコミュニケーションに入れなかった、あるいは指揮官に恵まれなかったということだと思います。

 来年は、噂として報道されているだけでも、岩隈久志投手(楽天)、ダルビッシュ優投手(日本ハム)、建山義紀投手(日本ハム)、青木宣親選手(ヤクルト)、中島裕之選手(西武)、川崎宗則選手(SB)といった選手がMLBへの移籍を考えているようです。(ちなみに、「ダメもと」というニュアンスは勝負事には縁起が悪いので「挑戦」という言葉は止めた方が良いと思います。)ですが、成功は自動的には約束されていないのです。野手の場合は、緻密化した戦術と濃密になったコミュニケーションにしっかり入ってゆくスタイルが、投手の場合は打者研究と攻めの投球姿勢をしっかり心がけて欲しいと思います。

 具体的には、投手の場合は「ゼロ・ツー」つまり2ストライクからの「明らかなボール球(遊び球)」は止めたほうが良いという問題があります。即勝負に行かないと、打者から「お前は勝負をためらっているのでは?」という不敵なオーラが来るのがメジャーだからです。それに負けて2ボール目を投げ、歩かせた走者をためたところで打ち崩される、そうした負のスパイラルに入らないためにも、無謀なくらい「強気の投球」が必要なのです。打者の場合は、日本以上に「仲間を立てる」「仲間のサクセスを喜ぶ」という浪花節のフォロアーシップを効かせるべきです。それも恥ずかしいぐらいオーバーにやることで異文化の壁を突き崩す、そうしたチームワークのイニシアティブが求められます。

 数年前と比較して、MLBでプレーする日本人選手は減ってはいないものの、時代に流されるようにして地上波や主要BS局での中継は減少していますし、日本から直接アメリカの球場を訪れて観戦する人も減っています。ですが、仮にそうであっても、新しいMLBの野球スタイルの中で果敢に戦ってゆく選手たちには関心と応援を途切らせないようにしたいものです。少なくとも、ポストシーズンに出場する日本人選手がゼロ(ブレーブスの斎藤隆、川上憲伸両投手はナショナルのワイルドカードで出場しますが、登板機会については、他選手の故障等がなければ残念ながら期待薄のため)というのは今年だけにしてもらいたいと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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