コラム

雇用問題でのアメリカ人の「反省」は日本の参考になるのか?

2010年10月01日(金)14時07分

 中間選挙まで残り5週間となりました。先週この欄の最後にお話したように共和党の優勢は変わらないものの、ここへ来て民主党が僅かですが「巻き返し」の兆候も出てきており選挙戦は過熱しています。28日の火曜日発表の「NBC=ウォール・ストリート・ジャーナル」の最新の連合世論調査によれば、数%だけですが1カ月前の調査よりも民主党が盛り返してきているようです。ただ、調査をよく見てみると、原因としては富裕層への減税継続にこだわる共和党への反発が中心であり、その反発の受け皿としては「ティーパーティー」の支持も伸びているので、まだまだ情勢は二転三転することが考えられます。

 それはともかく、選挙予測の部分よりもこの調査で面白かったのは、オバマ政権を悩ませている他でもない「雇用問題」について、アメリカ人が「何が問題としているのか」を調べた箇所でした。具体的な調査というのは、どうして景気が低迷し、とりわけ雇用が回復しないのか、その原因に関して色々な選択肢を提示して「そう思う」かどうかを尋ねているものです。選択肢そのものは一般的なものですが、「そう思う」と答えた人の率で並べた順位はなかなか興味深いので、その順番にご紹介しながら「その反省は日本では参考になるか?」も併せて考えてみました。

 第1位は「そう思う」が86%という圧倒的多数を獲得した「アメリカの企業は人件費の安い外国に多くの生産を外注しているから」でした。空洞化批判に他なりません。いわゆる保護主義や、為替レートの訂正要求といった対症療法的な主張が繰り返されるのも、世論に空洞化そのものへの強い批判があるからです。日本に関しても、この問題は同じように当てはまるのですが、日本の場合は右翼から左翼まで、地方から大都市まで、老人から若者まで、空洞化が雇用を損ねているという批判はほとんど表面には出てきていません。人件費水準のためと納得しているのか、工場での作業労働を忌避しているのか、いつか突然激しい怒りとして出てくるのか、この日本の「諦めムード」は不気味です。

 第2位は76%で、「アメリカの企業は利益率向上を優先して雇用を軽視している」というものです。クラシックな組合員的発想であるとか、社会民主主義的という形で批判するのはたやすいのですが、この問題についても、日本の場合ここまでの大きな声になっていないのはやはり不思議な感覚があります。経済合理性というのは、そのゲームのルールとして労働基本権の保障という制約の上で追求するものだという感覚は、過度になれば生産性を傷つけますが、過小になっても利害の均衡点が見えなくなって社会の安定を損ないます。その考えると、クラシックなアメリカの民主党的発想は過度、日本の現状は過小ということなのかもしれません。

 第3位は72%で、「過大な医療費負担が米国企業の競争力を妨げている」という問題です。この設問では、国家の負担を増やせという流れでオバマの医療保険制度改革に賛成なのか、そもそも高額な診療報酬への批判なのか、皆保険的な医療費負担そのものに反対なのかは、よく分かりません。おそらくは最後の、つまりは保守派の「反医療保険制度改革」キャンペーンの影響を受けての反応が濃いのだとは思います。日本の場合は、国家全体としての国民負担率論議が以前はありましたが、民主党政権下の現在の世相では、競争力や財政の論議よりも給付の確保をする時期だというムードが強いようです。この問題に関しては、辛くても結論を出さなくてはならない問題なのですから、その点では激しい痛みを伴いながら賛否の両陣営が激突してしているアメリカの方が正直だと思います。

 第4位は71%で、「アメリカの教育システムは他国に比べてスキルの高い労働力を産み出していないようだ」という指摘です。これだけですと、漠然としたイメージの域を出ませんが、アメリカによく訓練された中間層がないことが、中付加価値大量生産品や、高付加価値の精密機器(とその部品)の生産で競争力がほとんどゼロになっていることは問題意識としてはあるように思います。日本の場合は「つい昨日のよき日々」にはその逆だったわけですが、昨今の顕著な「ほころび」に関して反省が足りないと、この分野で「アメリカにも抜かれる」危険があるかもしれません。また「最先端」に最適化した人材育成のシステムは全くお粗末だという点も問題です。

 第5位(66%)は「アメリカは技術力の先進性を失っているのでは」です。これも漠然としたイメージですが、最先端の開発力だけではなく、生産技術も含めて言っているのであれば、アメリカがこの点で問題意識を持っているというのは当然だと思います。日本の場合は、原子力利用やバイオ、製薬、宇宙航空、ソフトウェアなどでは「最先端」には届いていないわけで、その点では「のびしろ」があるわけですし、中国や韓国に生産技術が移転しているということはあっても、アメリカのように「80年代以降日本にコテンパンにやられて降参した」というのと比べればまだまだ比較優位に立っているのは間違いないと思います。日本はもっと自信を持って進むべきです。

 ちなみに第7位(56%)は「不法移民が雇用を奪っている」ですが、この問題に関してはアメリカに特殊な要因でありイエス・ノーの選択にも政治的なものが入るので、日本では今すぐ参考にはならないと思います。その一方で、第6位(58%)の「法人税率が高く、規制緩和が進まないので競争力が落ちた」と、第8位(54%)「銀行の与信を取るのが大変なので成長資金を調達できない」については、アメリカの状況ですら「雇用が拡大しない理由」としてこれだけの人が問題にしているのですから、もっともっと劣悪な環境の日本の場合は「待ったなし」であることは論をまたないでしょう。

 日本では雇用問題というと、世代間論争やイデオロギー論争になって何も結論が出ないことが多いようです。ですが、要は(1)空洞化、(2)労働法制、(3)国民負担率、(4)時代の要請を満たす人材育成、(5)最先端技術への追撃と生産技術の防衛、(6)金融の自由化、(7)法人減税、(8)規制緩和、の各領域に関して、お互いの整合性を取りながら雇用確保に最適化したパラメーターの組み合わせを考える、その際に何らかの一貫性に基づいた選択肢のセットをいくつか出して競わせた上で決定に持って行く必要があります。結論から言えば、雇用問題とは成長戦略なのであり、この理解がそもそも共有されていないところに日本の問題の根深さがあります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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