コラム

公用語時代、日本人の英語はどうあるべきか? (第二回)

2010年09月17日(金)10時39分

 公用語時代に向けて英語教育を見直せと言うと、コミュニケーションだとか会話、ヒアリングなどを重視すべきだということになるのは当然です。ですが、中には「読み書きの教育は不要」であるとか、例えば大学入試での読み書き中心の英語のテストは廃止すべき、などという意見もあるようです。

 私は読み書きの教育は、これからの「公用語時代」においても重要であるし、これまで以上に例えば高校の教育においても強化して行き、例えば大学の合否判定や入試のなかでも厳しく評価がされるべきだと思うのです。

 ただ、これまで行われていたようなカリキュラムや入試ではダメです。特に廃止すべきなのは、英文和訳と和文英訳です。まず英文和訳の作業は翻訳のスキルであって、基本的には日本語力の判定になるからです。また和文英訳というのは、他人の「イイタイコト」を別のコード体系に変換するスキルであって、コミュニケーションだとか情報収集などの現実社会で有効なスキルではないからです。

 そこで私が提案したいのが「和読英論」と「英読和論」という学習法であり、またテストの方法です。例えば、日本の新聞記事をいくつか読ませて「これらの事件に共通する問題とその解決策の例を英語で書かせる」とか、逆に英語のブログ記事をいくつか読ませて「これらの文章に共通する価値観は何か?またその価値観が最も強く表現されているのはどの文章かを、具体的な箇所を引用しながら日本語で指摘せよ」というような方法です。

 こうした提案をすると、採点基準が曖昧で「入試の合否=基礎能力の検定試験」という社会慣行になじまないとか、手間がかかり過ぎるなどの批判が出てきそうです。ですが、そうした社会慣行自体が誤っていることは、既に人材を採用する企業の側も気づき始めているわけですし、高等教育のコストをかけてその効果を具体化してくれる人材を発掘するという趣旨からみればこうした手間はかける価値が十分にあると思います。

 何よりも、これからグローバルな社会で生きて行く若者にとって、自分が日本人であることの意味は、英語の情報を母国語である日本語で論じて取捨選択すること、そして日本語で書かれたノウハウや文明の蓄積を英語化して、役に立つものは世界に発信してゆくことにあるわけです。ですから、「和読英論」と「英読和論」という作業は現代に生きる日本人にとって、生きてゆくことそのものになるのです。

 企業内でも同じで、これからの社員教育というのは、自社のノウハウや社会人としての基礎スキルを習得した人間が、英語で発信する、そして英語の情報を収集するというスキルを更に磨いて、国際社会の中に日本企業としての活躍場所を常に追い求めること、そのスキルを身につけさせることになると思います。それは正に「和読英論」「英読和論」に他なりません。

 一部のAO入試や、東大の後期などでは似たような試みがされて、必ずしも期待どおりの成果を挙げていないという批判もありそうです。ですが、こうしたスキルが必要なことは明らかなのですから「傍流」の選抜方法ではなく、主流のものとして導入し、高等学校での教育を変革させていくよう促すべきだと思います。そう申し上げると「浪人が有利になる」という声も出そうですが、前から申し上げているようにそうなったら予備校の先生や、ポスドクの研究者を高校の指導者として優遇して迎えれば良いのではないでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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