コラム

止まらない「ティーパーティー」旋風、その政治的影響力は?

2010年05月19日(水)14時25分

 今夜、2010年5月18日(火)は11月の中間選挙へ向けての重要な「予備選(プライマリー)」が集中しています。今年の場合は、今夜のことを「スーパー・セネット(上院)・チューズデー」などと呼ぶメディアもあるぐらいで、大変に注目がされているのですが、それというのも、特に「現職もしくは現職指名の後継」が苦戦していることが、今秋の中間選挙を占う大事な意味があるからです。

 本稿の時点では、まだ結果が出ていないのですが、今夜の注目は民主党の「中間派」である2人の議員、スペクター(ペンシルベニア州選出)とリンカン(アーカンソー州選出)の両名が新人に猛追されているケースです。いずれもオバマと近く、共和党の中間派との超党派合意を行う上でのキーパーソンだった議員で、スペクター議員の場合は医療保険改革に賛成するために、共和党から民主党に鞍替しているなど、とにかく中間的で穏健な実務派です。ですが、左のポピュリストにひどく攻撃されて、特にスペクター議員の場合は苦戦が伝えられています。

 共和党の場合は何と言ってもケンタッキー州が注目されていました。本来ですと、引退するバニング議員の後継には、共和党の院内総務など幹部の推すグレイソン州司法長官でスンナリ行くはずでした。ですが、ここに「ティーパーティー」が独自候補をぶつけてきたのです。その候補は眼科医のランド・ポールといって、「リバタリアン(政府の極小化主義者)」として有名な、前大統領候補のロン・ポール下院議員の子息なのです。このポール候補が、グレイソン候補を猛追するどころか、約60%という「地滑り的勝利」を手にしました。ポール候補に続いて共和党の上院議員候補で現職もしくは主流派が追い落とされる可能性は、ユタ、アリゾナなどの州でも囁かれています。こうなると、11月の中間選挙の上院には南部から中西部にかけて「ティーパーティー系」の候補が出てくることになるかもしれません。

 さて、このように「ティーパーティー」が猛威をふるうということで、それこそ11月の中間選挙は「小さな政府論の右派」が全米を席巻してしまうのでしょうか? そう単純にはいきそうもありません。話が複雑になるのは、主として2つの問題があるからです。まず一点は、今回のケンタッキーでポール候補が勝ったように、アリゾナでマケインが候補から引きずり下ろされるような事態になると、共和党の本選での集票力は怪しくなるという問題です。共和党の党内党というべき「ティーパーティー」ですが、余り激しい予備選をやってしまうと、本選で共和党が分裂選挙になったり、中間派が棄権に回るという可能性もあるのです。

 もう1つは、同じ「ティーパーティー」と言っても、「小さな政府論」と「反エスタブリッシュメント」という「情念」で結ばれているだけで、中身はバラバラと言う点です。例えば、ランド・ポール候補は、父のロン・ポール議員同様に、極端な「政府機能の極小化」を主張しています。連銀による連邦通貨発行への反対、公的資金による民間企業救済への全面的反対、連邦としての文部省設置への反対といった実務的な部分はまだ右派全体に喝采を受けるかもしれません。ですが、例えば「イラクを救う責任はアメリカにはない」としてイラク戦争に反対し、連邦政府のプライバシー監視だとして反テロの「愛国者法」にも反対するなど、政府の極小化にあたって「軍事外交を聖域にせず」という姿勢は、例えばペイリン女史(彼女はポール候補の推薦人にはなっているのですが)の立場などとは相容れないものです。

 ポール候補は眼科医だと紹介しましたが、実際にかなり熱心に活動していたようで、無保険者向けの無料での眼科治療や、眼科手術を組織的にやっていたりもしています。この辺は、クラシックなアメリカの保守主義を純粋培養したような趣があり、要するに福祉というのは「出来る人間、持てる人間が自発的に行うもの」であって、自分は無償診療で無保険者を救うが、オバマの公的な国民皆保険には「絶対に反対」というわけです。こうした姿勢、そしてイラク戦争まで「局外中立」を主張するあたりは、この親子は全米の若いインテリ層に「アイドル的な」人気があるのです。ですが、その人気は、大金を払ってペイリンのディナーショー演説を見に来る「草の根保守の自営業者」達の「反エリート主義」とは、「ノリ」がかなり違うのです。

 そんなわけで、ティーパーティーといっても「愛国と反福祉」の保守ポピュリズムから、イラク戦争まで反対してしまう「リバタリアン」と幅広いのですが、その双方が漠然と結びついて、共和党内の穏健な実務派現職を「ワシントンの腐敗したエスタブリッシュメント」だとして引きずり降ろそうとしている、これが現時点での共和党の党内情勢です。そんなわけで、彼等の影響力を無視はできませんが、今現在は「撹乱要因」であっても、オバマ政権への本格的なチャレンジャーとして見ることはできないように思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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