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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
遠ざかる「パールハーバー」と「日米自動車戦争」
今週の月曜日は12月7日で、時差の関係でこの日が「真珠湾攻撃記念日」とされるアメリカでは、その68周年を迎えました。90年代までは毎年「その日」の新聞のトップに論評記事が出たり、高校などでは社会の先生などが必ず「今日はなんの日でしょう?」とやるので日本人や日系人の生徒は緊張を強いられたりしたのですが、そうした雰囲気は時の流れとともに消えて行っています。この日のNYタイムズでは国際面、国内面ともに言及はなく、コラムも含めて言及はありませんでした。
夕方になってAP電が真珠湾での慰霊祭の模様を配信していますが、記事の趣旨は「真珠湾の生き証人にアフガン戦争の感想を語ってもらう」というストーリーが主でした。勿論、そのトーンは「反戦」で、先週オバマ大統領が発表して、今週から実施に入っている「3万人増派」への批判記事という、むしろその方がメインと言う書き方でした。この記事は翌日8日の紙面には載っておらず、少なくとも私の地区に配達された版では、NYタイムスとして今年は「パールハーバー記念日」の記事はゼロでした。
思えば、2001年初夏に公開された大作映画『パールハーバー』が男女の三角関係を描いた「俗っぽい」ものだったこと、その中での日本軍の扱いが比較的好意的だったことが、1つの転機だったように思います。そして何よりも、その年の秋の9・11という事件が、過去を一気に歴史の彼方へと押し流して行きました。
一方、同じ時期に映画監督のマイケル・ムーアが新作のキャンペーンで日本を訪れたと聞いたのですが、こちらも私には時の流れを感じさせるニュースでした。ムーア監督はこれまで日本に行ったことはなく、これが初来日になると思います。というのは、彼は強硬な反日派だったからです。これまで多くの日本人ジャーナリストがムーア監督に、それこそ「アポなし取材」を試みて、そのたびに罵倒されたりイヤな思いをしているそうですが、とにかく彼は相当の日本嫌いだったようです。
というのは、日本車がデトロイトの自動車産業を衰退させた80年代の変化というのが彼の原点にあるからだと思います。『ロジャー・アンド・ミー』という彼の出世作になった作品は、衰退するGMがどんどんリストラに走る中、彼の故郷であるフリント市がどんどん荒廃していく様子を描いた痛々しいドキュメントです。ただ、奇妙なのは全編を通して「日本車」はほとんど出てこないのです。当時のロジャー・スミス会長の姿勢を追及するのがメインテーマであり、「敵」はそこに絞ったという面もあるのかもしれませんが、「日本」が出てこないことが非常に不気味にも感じられる作品でした。
そのムーアが日本にノコノコ出かけて取材に応じているというのですから、正に隔世の感があります。ところで、私は日本での言動の様子は見ていませんが、この人は言葉の微妙なニュアンスに厳しい批判や敵意を潜ませるのが大好きなタイプです。そんなニュアンスの部分はほとんど伝わらない中、何も言っても微笑が返って来るような経験は、ムーアのような人には難行苦行に等しいと思われます。そのあたりの感想を機会があれば聞いてみたいと思うのですが、どうでしょうか?
それ以前の問題として、日本の興行制度の中では、ムーア監督の作品のような「社会派の洋画」は「知的好奇心を持った恵まれた人」の中にしか影響力を持ち得ない、つまり、格差や雇用の問題で本当に苦しんでいる人には、彼のメッセージは届かない仕組みがあることに気がついたかどうか、この問題も尋ねてみたい点です。
それはともかく、「パールハーバー」が忘れられ、「日米自動車戦争」の生き証人というべきマイケル・ムーアが日本にやってくるというのは、日米関係が基本的には良好ということだと思います。普天間の問題は政権担当者と事務方同士としては、また沖縄の現地や米海兵隊としては大変な問題ですが、少なくとも日米それぞれの全国レベルの世論が衝突するような事態にはならないと思います。ですから、多少の摩擦はあっても「問題が単純化する方向での修正なり解決」を模索することは不可能ではないと思うのです。過去の密約問題もそうですが、こうした平穏な時期に長い間のウミを摘出して、日米の間にある「闇の部分」を減らしておくというのは良いことだと思います。
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