コラム

学生運動の季節再び?

2009年11月24日(火)12時36分

 映画『いちご白書』で有名になったコロンビア大学のベトナム反戦運動から40年、この2009年11月現在、カリフォルニア州立大学システム(UC)では学生と学校当局が激しく対立しています。原因は学費値上げへの反対ということで、これも「あの時代」の学生運動を思わせるものです。ガス銃を構える警官隊、通りを占拠するような大規模なデモ、キャンパスの中庭で行われた学生集会、シュプレヒコールの叫び、学校「当局」の会議への乱入、数日にわたる建物の占拠、そして100人規模の逮捕者と、ま
るで半世紀の時間をタイムスリップしたようなシーンがTVニュースでは続きました。

 発端は学費値上げのショックに始まります。先週、UC(LA、サンタバーバラ、バークレー、サンフランシスコ、サンタクルーズ、デービス、アーバイン、マーセド、リバーサイド、サンディエゴ)では経営危機への対策として、授業料アップを発表したのですが、その内容は年額で32%の値上げを行うというものでした。勿論、その背景にはカリフォルニア州の財政危機という問題があります。UC全体として、5億3500万ドル(約490億円)の赤字を埋めるために、2000人の教職員を解雇すると共に、授業の科目数削減などを行ってきたものの、リストラも限界というのです。

 それにしても、一気に32%というのは大変です。そんなムチャなという感じもするのですが、カリフォルニア州の財政破綻は、赤字がどうのという段階は既に過ぎてしまっています。今は日々の資金繰りをどうするかというレベルに至っており、州として最後の「聖域」であった教育予算にもドンドン削減がされています。教育予算は、当初は聖域視されていただけに削減可能額は残っているという考え方から、ここへ来て大幅な減額がされており、そのしわ寄せがUCにも一気に来たというわけです。

 反対運動のヤマ場は、まず20日の金曜日に来ました。特にバークレー校、デービス校、サンタクルーズ校では校舎が占拠され、警官隊と激しい衝突の結果、大量の逮捕者を出しています。バークレイ校の占拠は11時間に及んだそうですが、長引いたのはサンタクルーズ校です。占拠は3日間続き、流血回避の努力の結果、日曜になって警官隊から「投降すれば逮捕しない」という条件提示があって占拠は解かれましたが、その際に負傷者が出るのは避けられなかったようで、占拠終了後も抗議集会が続いていたそうです。

 この事件をどう評価すれば良いのでしょう? カリフォルニアという実験社会の行き詰まりという言い方が一つできます。そもそも州財政がここまで緊迫したのは、重要な州法を住民投票による直接民主主義で決定するために、受益者の利害が優先されて収支の統制が取れなくなったという見方が可能だからです。一方で、全米の州立大学の中でも質量共に優れた巨大なUCという組織を維持して、比較的廉価な授業料を売り物に州内の人材育成に努めてきた、その「実験」も行き詰まったと言うことができるでしょう。

 ですが、学生達の堂々とした「運動」を見ていると彼等の中からは「現実への反抗」を通じて鍛えられる人材が出てくるのではないか? そんな希望も感じられるのです。自分たちには「教育を受ける権利」があるのだという理念的な正当性を信じることができ、また同志間の共感のコミュニケーション、当局への反抗におけるコミュニケーションなどの経験も積める、しかも物理的な力の行使によって、権力の生きた姿や、反抗の高揚感や挫折感などを身体経験できる、一見するとバカバカしい一連の行為が、人材を鍛えるのです。

 そうした経験によって鍛えられた各国の団塊の世代が長い間世界を支配したように、80年代の民主化闘争によって鍛えられた世代が韓国の躍進を引っぱっているように、青年期の反抗経験というのは明らかな人材育成の効果があるように思います。教育の側からすれば反面教師的効果であり、意図して実現するものではないのですが、「抽象概念の一貫性追求とその変更」「紛争時の緊迫したコミュニケーション」「抽象概念と現実的利害の連続性の理解」といった能力を研ぎ澄ませるのは間違いないと思います。

 ですが、現在の日本では若者にこうした経験をさせるのは難しくなっています。もしかすると、団塊の世代の方などは「カリフォルニアの若者は気骨があるが、日本の若者は反抗の気概もない」などと勝手な非難をするかもしれません。ですが、価値観が相対化・多様化した中で、抽象概念を信じて他人もその世界観に従属させようとするイデオロギーの傲慢性を知ってしまった若者には、まとまって反抗せよなどと説くのは不可能です。一方で中国の若者にもまったく別の理由で「反抗」は許されていません。「規模の大きな社会」では「秩序の維持」が全体の利益になるという思想以外の選択肢は中国には存在しないことになっているからです。

 一言で言えば、カリフォルニアの若者は「近代」を信じており、日本の若者は「近代」を通り過ぎて複雑な「ポストモダン」の世界に生きている、そして中国には「前近代」が残っているということになるのだと思います。この3つの社会というのは、それぞれに宿命的な変化の順序によってそうなっているのであって、簡単に変更はできません。ただ、人材育成という点から見ると、私は「近代の効用」つまり「単純な抽象化による価値観」から「世界を説明したり、世界と対決したり和解したりする」という経験を若者に与えることが、一番効果があるように思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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