コラム

オバマ流「サミット厳戒態勢」の意味とは?

2009年09月28日(月)13時53分

 先週のアメリカは、国連総会そしてピッツバーグでのG20と華やかな国際外交が繰り広げられていました。日本にとっては新任の鳩山首相の「外交デビュー」ということでかなり関心が高かったようですが、アメリカはどうだったのでしょう? オバマ大統領にとっても、華麗な舞台であったはずの「外交ウィーク」でしたが、実際のところは余り盛り上がらなかったのです。

 その背景には「医療保険改革が難航する中、内政を放り出して華やかな外交をしている」というイメージを避けようとしている、そんな雰囲気を感じます。医療保険改革が「エリート的な理想論」として批判を浴びている中、それこそ「サミットだ、国連だ」という「派手な」行動をアピールするのは得策ではない、そんな計算も見え隠れします。

 例えば、G20の開催されたピッツバーグは大変な厳戒態勢だったのですが、そのことは余り報道されていません。例えば、鳩山首相が野球のパイレーツの本拠地、PNCパークで始球式を行ったというニュースは、日本では大きく報道されたようですし、アメリカのスポーツニュースでは、それなりに楽しい話題として報じられています。ですが、今回のサミット開催中PNCパークでは2階席は閉鎖して極端に少人数の観衆しか入れていなかった、そのことも一部でしか報道されていません。

 逆に、このサミットに向けてアフガン出身の「テロリスト」が全米、特に東北部の鉄道を中心とした交通機関を狙った攻撃を計画していたとして逮捕されています。このニュースは連日大きく報道されていました。実際にピッツバーグで取材した報道機関に拠れば、警官隊と衝突したのは「グローバリズムに反対」している「アナキスト(?)」グループで、シアトルのWTOやジェノバ・サミットで暴れたのと同じようなグループだったようです。

 ですが、この「鉄道テロの計画」の話ばかりが大きく報道されるので、サミットに合わせて「イスラム原理主義者」が陰謀を巡らしている、漠然とそんなムードが広まっていったのです。もしかしたら「グローバリズム反対」のデモのことが大きく報道されてしまうと「草の根保守」が「デモ隊の言い分も意外と正しいではないか・・・」と思ってしまう、まあそうした可能性はそれほど大きくないかもしれませんが、とにかく「イスラム原理主義者」を「敵」にしておいた方が警備への理解も得やすいし、「オバマはそれなりに戦っている」というイメージも出てくる、そんな計算も感じます。実は、中東和平への3者会談という大事件もあったのですが、こちらも大きくは報道されていません。

 そんな中、国連ではリビアのカダフィ大佐やベネズエラのチャベス大統領などの「反米勢力」が好き勝手な演説をしてくれるし、丁度この週にイランの「地下施設疑惑」が暴露されるなど、多少の情報操作もあるにしても結果論としては「戦うオバマ」を演出できたとも言えるでしょう。その点で、割を食ってしまったのが鳩山首相です。全人類に対する大胆な「25%削減」宣言も、アメリカではほとんど話題になっていません。というのも現在のオバマ大統領には、ハトヤマ・ドクトリンに呼応して「グリーン・エコノミー」に突っ走るだけの政治的エネルギーは持ち合わせていないからです。

 その鳩山首相ですが、外交ウィークを終えると新しい週は内政で多くの難問に立ち向かってゆかねばなりません。大相撲の千秋楽に登場して、日曜のうちに「国内モードへのスイッチ」をアピールできたというのは、日程的には大変だったと思いますが、なかなかどうして緻密なスケジューリングをやっているように見えます。とにかく、鳩山政権には、公約の実行に焦るあまりに、苦境に立っているオバマ大統領の轍を踏まないようにしてもらいたいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を

ワールド

米関税措置、WTO協定との整合性に懸念=外務省幹部
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story