コラム

「民主308議席」の民意とは?

2009年08月31日(月)12時29分

 民意が2大政党を行き来するアメリカでは、大きな政権交代の波には必ず「民意の核」が見えるものです。例えば、昨年のオバマの「チェンジ」を支持した民意は、ブッシュの一国主義的な軍事戦略の行き詰まり、そして金融グローバリズムの「虚業」にバブルを生ませ破綻させた経済政策、この2つへの「ノー」でした。その核にある感情は「アメリカはもっと世界から尊敬されるはずだ」という思いと「自分たちの生活不安を解消してほしい」という思いの交錯したものでした。この「核」が巨大な波を起こし、史上初の黒人大統領候補を圧勝させたのです。

 今回の「民主308議席」を動かしたのも似たような「核」です。そして今回の場合は、「日本はもっと善なる国家イメージを周囲に与える中で紛争に巻き込まれないという安全を指向すべきだ」という軍事外交のニュアンスもありますが、それ以上に「自分たちの生活の先行き不安を解消してほしい」という思い、いや一言でいえば「こんなに急速に日本が貧しくなるはずがない」という怒りであると思います。これから民主党主導による政治が始まりますが、何よりもこの「核」を理解して進めていって欲しいし、対外的にもその「核」を意識した意思表示をしていただきたいと思います。

 確かに表面的には「官僚組織や自民党政治の一方的な姿勢への怒り」であるとか「格差の拡大への不安」といったものも明らかでした。ですが、今回の「308議席の民意」には「全員が等しく貧しくなれば一安心」とか「これ以上の苦労は省略して中国の下請けでも生きていければいい」という後ろ向きのメッセージはない、そのことだけは確認しておくべきだと思うのです。「日本が急速に貧しくなるはずはない、何かが間違っていた」という民意の「核」というのはそういうことです。

 この「民意」の批判は自民党にだけ向けられたのではありません。財界もまた猛省を迫られているといって良いでしょう。「日本の若者は生産性が低い」「製造業派遣を禁止するなら雇用を国外に持ってゆく」「人口が縮小する日本市場は魅力がない」という多くの「経営者」の姿勢は間違いであり、またそのような「後ろ向きの競争力維持」とか「成長路線」というものが、民意にはほぼ全否定された、そう受け止めるべきだと思います。

 ではどうすれば良いのか。それは2つあります。「内需のデフレスパイラルを止める」そして「輸出型産業では歯を食いしばってでも更なる高付加価値を追求する」という2点です。前者に関しては、仮に規制強化を伴っても「国内サービス業の国際競争力を高める」などという経営者の動きにストップをかけるべきでしょう。おいしくないアメリカのフランチャイズ食に対抗するために、外食も自爆的な価格破壊に進まざるを得ない・・・確かに国際競争がそこには見られます。ですが、この競争は付加価値を削り、労働分配を削るマイナスの自壊作用ではなく、対価格比の付加価値(=満足度)を上げ、雇用を守り分配を確保し、消費者の購買力を向上してゆく中でのプラスのイノベーションを内需産業自体が指向することで戦い抜くべきなのです。

 輸出型産業では中国や韓国と競争して「俺たちは人件費や間接コストが高いというハンデがある」などとボヤいても何も生まれないし、そもそも競争にも勝てません。とにかく技術的にも、文明的にも世界の最先端に立っているのが日本なのですから、中韓と競争するのではなく、その先へ先へ走り続けるしかありません。少なくとも、有機薄型TVの大画面化で「韓国に負けても良い」というようなことはあってはならないと思います。企業だけでは苦しいのであれば、こうした前向きのプロジェクトにこそ公的資金を入れるべきです。いわゆるゾンビ企業救済ではなく。

 90年代以降、自民党と財界が指向してきた「成長路線」は、自国の競争力がなくなる恐怖に駆られる中での負け戦だったのあり、それが今回の「民主党308議席」という民意の怒りになった、そう考えるべきです。今から考えると規制緩和理論もそうした恐怖の負け戦であり、それ故に敗北したのです。例えば、国際市場の中での金融工学にしても、人材育成を含めて勝ちにいく戦略はなかったのです。アメリカのMD開発に巻き込まれたのも、民需では負けるという恐怖から軍需に走った財界の「弱さ」ゆえだと思います。

 この点に関しては、自民党だけでなく、民主党もそのことを良く理解していない危険があります。間違っても「無理のない成長、いや縮小経済でもいいから人々が仲良く平等に」などということではありません。それは民意に反しているからだけではない、人間という存在は「今日より明日は少しは良くなる」ということを信じる権利があるからなのです。その権利が蹂躙された怒りを甘く見てはいけないと思います。失敗した競争力維持ではなく、縮小均衡でもなく、アメリカに引きずられた規制緩和でもなく、着実な成長を成功させること、自分たちの高い教育水準を(まだ十分に残っています)有効利用して繁栄のトレンドを取り戻すこと、それが民意の「核」にある願いなのだと私は思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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