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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
脆弱な男たちの系譜
6兆円強という巨額な資金を集めて、年率10%の利回りを保証しながら実は全く運用はせず、単に新規の投資の入金で既存の投資家への元利支払いに充てていた......。バーナード・マドフという男の犯罪は「禁固150年」つまり実質的には「仮出所なき終身刑」という結果となりました。6月29日の判決は大きな関心を呼び、高齢を理由に「禁固12年」を主張していた弁護団が全面敗北に終わったことで、株価も「一安心」と上昇する一幕もあったぐらいです。
財産を失った多くの被害者も「考えられる限りの懲罰」が決まったということで、とりあえず納得しなくてはならないのでしょうが、それにしてもこの事件、その深層はまだまだ解明されていません。家族や、マドフの率いていた投資顧問会社の人間のどこまでが、この「詐欺」というスキームを知っていたのか、どうして政府の監視が行き届かなかったのか・・・それ以上に謎なのが、ナスダックの会長まで務めた金融エリートがどうしてこんな「詐欺」に手を染めたのかという問題です。
ここからは私の想像ですが、そもそも「年利10%保証」などという触れ込みで資金を集めた時点では、本当に投資を行ってそれだけの運用ができると自信を持っていたのではと思うのです。ところが、実際に資金が集まる中で、マドフが狙ったコンピュータによるヘッジファンド的な運用を回してみると、どうしても10%の運用益は出ない、それどころかマイナスにもなる・・・そんな中、損失を抑えるために臨時にコッソリ運用を止めた、だが表面では運用が続いていることにしたというのが真相だと思うのです。
結果的に一旦ついたウソはつき通すしかなくなったのと、「いつかはちゃんと投資をして損を全部取り返す」と思ってたいたものの、そのタイミングを逸する中で、投資された残高と実際に口座に残った資金の差がドンドン開いていって、元には戻せなくなっていった・・・そんな中、ウソでウソを塗り固める方向に全てを振り向けていった、そんな流れだと思うのです。どうもこの事件、堂々と巨額な詐欺を働いた人間の「ふてぶてしさ」というよりも、一旦始めてしまったウソに流されるようにしてウソを重ねていった男の情けなさのようなものを感じさせるのです。人間のある部分にそうした「弱さ」があるのであれば、やはり政府の規制は絶対に必要なのではないでしょうか。
そう言えば、先週以来メディアを騒がせているサウスカロライナ州のマーク・サンフォード知事による「不倫失踪事件」も、何とも情けない事件です。州知事の職にありながらアルゼンチンの愛人のもとへ通うために行方をくらまし、それを「アパラチア山脈でのハイキングに出かけていた」と言い逃れようとしていたこと、そしてそのカモフラージュのために、空港に乗り捨ててあった知事の車には、登山靴などのキャンプ用品が残されていたのです。
カモフラージュというのは、世間に対してということもあるでしょうが、まず第一には家族に対してということでしょう。アルゼンチン行きを隠すために、わざわざ登山道具をクルマに積んで見せたのでしょう。愛人に会いたいという一心で行ったにしては、余りにも愚かであり「告白会見」にあたって奥さんも子供たちも顔を見せなかったというのも、これでは仕方がないでしょう。知事は共和党知事会の会長は辞任したものの、本稿の時点では知事職を辞する考えはないと言明しており、まだまだドラマは続きそうです。このサンフォード知事の見せているのも、何とも弱々しい男の姿に他なりません。
このように要職にありながら脆弱さを晒した男たちの姿を見ていますと、亡くなったマイケル・ジャクソンの「強靱さ」が否が応でも浮かび上がってくるのを感じます。父の虐待や、自分の回りに群がるカネの亡者などと戦い続けた中で、自分の精神の中にある「イノセンス」を守り続ける闘い、マイケルの音楽というのはそういうことだったのではないでしょうか。己の外見を変え、常識とは違う価値観を口にし続けたマイケルの人生は、常識人の観点からは「奇行」だったかもしれません。ですが、その核にあるのは孤独に耐えながら自分を守ったという「強さ」だったように思います。
ネクタイを締め、立派な肩書きで仕事をしながら精神の脆弱さを晒したマドフ氏、サンフォード知事のことを思うにつけ、既にこの世にはいないマイケル・ジャクソンの「強さ」が切なく思い起こされます。アメリカのメディアでは、今でもマイケル・ジャクソンの話題がニュースのヘッドラインを独占し続けています。
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