コラム

お粗末なアメリカの鉄道文化

2009年06月24日(水)12時06分

 22日にワシントン郊外で起きた地下鉄(メトロ)の追突事故は悲惨でした。駅へ進入するために信号待ちをしていた電車に、後続の電車が突っ込み、突っ込んだ先頭車両は前にいた電車の最後尾に乗り上げるようにして衝突、下になった車両は無惨にも潰れるという、あってはならない事故です。犠牲者数は7人とも9人とも言われていますが、もしかしたらもっと増えるかもしれません。この「メトロ・レッドライン」というのは、ワシントンDCのユニオン駅(東京駅のような長距離ターミナル)との接続をしていることもあって私も利用したことがあり、思わずゾッとさせられました。

 大変な事故ですが、アメリカ社会の受け止め方としては「またか」という印象があるのも事実です。昨年から今年にかけて、カリフォルニアやマサチューセッツで通勤電車の衝突事故が続いているということもありますが、そもそもアメリカの鉄道には事故がつきもの、そんなイメージが定着しているからです。1950年代以降、全国的に高速道路網が整備される一方で、鉄道は一気に斜陽化したのですが、それにしても事故が多過ぎます。

 以降は私の見解ですが、アメリカの鉄道で事故が頻発しているのには構造的な原因があると思います。一つは、定時運行の重要性を理解していないという問題です。アメリカの鉄道で驚かされるのは、ダイヤが極めていい加減だということです。例えば、ニューヨークをはじめ多くの地下鉄では「公表されたダイヤ」がありません。NYの場合ウラには一応運行ダイヤがあるという話ですが、各停が突然快速になったり、15分待たされたと思うと2本連続して来たりと、乗客の立場から見るとそう考えてもいい加減なもののようです。

 ヒドイのは都市間の長距離特急サービスを行っている半官半民のアムトラックです。1時間、2時間の遅れも日常茶飯事で、10分や15分の遅れならラッキーというイメージすらあります。そんなわけですから、各駅の構内における列車の運行も行き当たりばったりで、恐ろしいことに「何曜日の何時の○○行き」が「何番線」から発車になるのかという「発車番線」は決まっていないのです。番線は乗車10分ぐらい前に発表され、それまでは乗客は階上の待合室で待つようになっており、その代わりに大きな駅ではプラットフォームにはベンチ1つありません。

 そんなわけで「行き当たりばったりの運行」なのですが、その一方で運転士の質と自動化といった問題にも無茶があります。まず自動制御ですが、日本やアジア各国では当たり前の線路に「地上子(情報伝達機器)」を設置して列車とコミュニケーションを図るATSやATCというシステムはアメリカではほとんど導入されていません。つい最近まで、ベテラン運転士の経験に頼ったマニュアル運行が主だったのです。その一方で、最近は急速にGPSを使った運行制御や自動運行が始まっています。一旦このシステムを導入すると、今度は機械を過信してしまい、人件費削減のために経験不足の運転士を配するようになる、これも問題です。

 今回の事故に関しては真相究明はまだまだですが、ここ数年の頻発する事故に対して、自動制御の遅れが問題だという指摘は出ています。ですが、そもそも定時運行が安全の近道という発想はありません。アメリカは、鉄道文化としては全くの後進国なのです。オバマ大統領は環境対策もあって、全国に高速鉄道網を導入するとブチ上げており、これが日本の新幹線技術を売り込むチャンスになるというのも事実だと思います。ですが、仮に新幹線をアメリカに導入するのであれば、定時運行や安全管理など、鉄道文化そのもののイロハをしっかり教えていくことが必要です。その際は、本当に小学生に教えるように手取り足取り叩き込まないとダメでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエルとイランの対立拡大回避に努力=

ワールド

G7外相、ロシア凍結資産活用へ検討継続 ウクライナ

ビジネス

日銀4月会合、物価見通し引き上げへ 政策金利は据え

ワールド

アラスカでの石油・ガス開発、バイデン政権が制限 地
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story