コラム

「海図のない航海」に突入したオバマ政権

2009年06月17日(水)12時09分

 オバマ政権の動きに少しブレーキがかかっています。金融危機対策から国際協調主義の外交まで、公約したプログラムを次から次へ実行し、アメリカ国内外の評価も高いオバマ政権ですが、ここへ来て様々な難題にぶつかっているのは事実です。

 まず外交ですが、イランの情勢が変動要素になっています。オバマ政権は、改革派のムサビ元首相を間接的に支援してきましたし、ムサビが落選するという事態もシナリオとしては想定していたと思います。ですが、選挙のやり直しを叫ぶムサビ陣営が実力行使に出るということ、そして国内の分裂が目に見える形で出てくるというのは想定外だったと思います。

 当面は、アフマデネジャド政権が継続しつつも、ムサビ派の要求を受け入れて中道寄りになりという「落としどころ」を模索することになりますが、流血が全国に拡大している現状では、時間がかかることも予想されます。そうなると、中東和平のタイムテーブルも変わってくる心配が出てきます。外交ということでは、北朝鮮の情勢も流動的です。こちらは、ヒラリー・クリントン国務長官+スーザン・ライス国連大使を軸に、当面は関係各国の協調が保たれそうな気配ですが、心配は続きます。

 国際情勢がグラグラする一方で、国内に目を転じてみると、オバマ大統領は公約通り「健康保険改革」の実行を宣言、長年の懸案であった「無保険者対策」に乗り出そうとしています。景気の動向など、環境に厳しさが残る中でこの問題を進めることには、かなり批判があるのですが、大統領は「国民の健康は国力の基盤」という信念から先送りする気配はありません。

 そんな中、今週のNY市場は景気回復の停滞や為替動向などを悲観して、2日連続して下げています。勿論、この時期にこうした市場の調整が入るというのは自然な流れとも言えます。もっと言えば、イラン、北朝鮮、健保改革による財政負荷、景気停滞という一連の「悪材料」はオバマ政権にとっては、「想定内」だから大丈夫と思っている、そんな気配もあります。

 ですが、仮にここにもう1つ「新たな懸念要素」が出てきたら、あるいは、今抱えている問題のうちの1つが一気に深刻化するようだと話は別です。その場合は、景気の本格回復は相当遅れるということも覚悟しなくてはならなくなります。ただ、オバマという人は「海図のない航海」は得意です。ズルズルと事態を悪化させるのではなく、世界をアッと言わせるような手法を仕掛けてくる可能性も覚悟しておいたほうが良いと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

韓国ウォンが急上昇、米国が通貨高対策要求と報道

ワールド

トランプ氏長男、将来の大統領選出馬に含み

ビジネス

日銀、債券市場会合を終了 26年4月以降の買入計画

ワールド

再送-安定した価格でコメ供給、備蓄米の随意契約を活
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:関税の歴史学
特集:関税の歴史学
2025年5月27日号(5/20発売)

アメリカ史が語る「関税と恐慌」の連鎖反応。歴史の教訓にトランプと世界が学ぶとき

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界の生産量の70%以上を占める国はどこ?
  • 3
    コストコが「あの商品」に販売制限...消費者が殺到した理由とは?
  • 4
    【クイズ】世界で1番「太陽光発電」を導入している国…
  • 5
    「空腹」こそが「未来の医療」になる時代へ...「ファ…
  • 6
    人間に近い汎用人工知能(AGI)で中国は米国を既に抜…
  • 7
    中ロが触手を伸ばす米領アリューシャン列島で「次の…
  • 8
    【裏切りの結婚式前夜】ハワイにひとりで飛んだ花嫁.…
  • 9
    トランプは日本を簡単な交渉相手だと思っているが...…
  • 10
    小売最大手ウォルマートの「関税値上げ」表明にトラ…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」する映像が拡散
  • 4
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 5
    コストコが「あの商品」に販売制限...消費者が殺到し…
  • 6
    中ロが触手を伸ばす米領アリューシャン列島で「次の…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「太陽光発電」を導入している国…
  • 8
    「運動音痴の夫」を笑う面白動画のはずが...映像内に…
  • 9
    「空腹」こそが「未来の医療」になる時代へ...「ファ…
  • 10
    ヤクザ専門ライターが50代でピアノを始めた結果...習…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
  • 5
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 6
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 8
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 9
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 10
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story