コラム

「ドーピング」に首まで浸かった中国という国家

2016年08月18日(木)11時00分

<同じ社会主義の旧ソ連から挙国体制も学んだ中国では、オリンピックでのいびつな「金メダルコンプレックス」によってスポーツ選手への組織的なドーピングが横行していた。こうした「ドーピング」的思考は経済統計等にまで影響を及ぼしている>

 日本を含む世界はこのところ、ブラジルで開かれているリオデジャネイロ五輪に注目している。中国のメディアや国民も例外ではない。ただ中国の場合、オリンピックは共産党政権が愛国主義的宣伝を強化する場でしかない。普通まともな国家では、スポーツはまず個人の趣味・嗜好であり、選手は自分の夢を成し遂げるため努力する。今回のオリンピックでイギリスの射撃選手が金メダルを獲得した後、あたふたと農地の収穫のために帰国した、というエピソードを聞くと、中国人は不思議に思う。

 中国のスポーツ選手は国家が資金を使って育成するため金メダルはまず国家の栄誉であり、選手個人の成果は二の次だ。中国のスポーツ選手が金メダルを取った後に取材を受けたら、彼らは真っ先に国家への感謝を表明する。もし先に家族のサポートに感謝する選手がいたら、みんなに責められるだろう。中国のスポーツ選手が五輪参加と金メダル獲得を夢見るのは、いったん金メダルを獲得したら大きな栄誉だけではなく、巨額の賞金を勝ち取ることができるからだ。メダルを取れなかった選手の運命は悲惨で、国家の期待を裏切ったという大きな批判を背負い続けることになる。

 このいびつな「金メダルコンプレックス」は、挙国体制がもたらした結果に他ならない。中国はソ連から社会主義国家特有の制度を多く学んだが、国を挙げてスポーツ選手を育成する体制もその1つだ。各省から全国レベルまで、選手はただ金メダルのために練習する。もしあるスポーツがオリンピックから外れたら、中国はすぐにチームを解散する。中国のスポーツプロジェクトの設立と解消は、国際スポーツ大会での金メダルの存在によって決定されるからだ。

 今回のオリンピックでは、オーストラリアとフランスの競泳選手が中国の孫楊の過去のドーピング使用をあげつらい、中国のソーシャルメディアで猛烈な議論を引き起こした。その結果、中国のスポーツ選手の興奮剤の使用という「黒歴史」に再度注目が集まった。

 挙国体制の結果スポーツは政治にコントロールされ、国家のため、金メダルのためあらゆる手段を取ることを厭わなくなる。中国代表は79年から、系統的に、組織的にドーピングの使用を始めた。競泳、陸上競技、重量挙げなどがドーピング被害の深刻な「被災地」だ。今回のリオ五輪に参加した孫楊は14年に興奮剤を検出されたが、中国政府の説明は孫楊が「心臓の調子が悪い」ため薬を飲んだ、というものだった。しかし孫楊がそれ以前に心臓の問題を報告したというニュースはなく、さすがに国民もどうして心臓に問題のある病人が激しいスポーツの試合に参加するのか、と疑問を抱かざるをえなかった。

 90年代には、50人近い競泳選手から薬物が検出された。94年に広島で開かれたアジア大会では、11人の中国選手が12個の金メダルを取り消されたが、そのうち7人が競泳選手だった。私は最近、当時の中国女子競泳選手の集合写真を見て驚いた。写真の中の女子選手たちは、長期間大量に薬物を使うため、顔立ちさえ男性化していたのだ。

 目的を実現するためには作り事も厭わない――上から下まで広がった中国の道徳的災害だ。教育界では、大学入試統一試験のカンニングが何度禁止してもなくならず、中国人学生のカンニング行為はついに国外の大学にまで影響している。中国国家統計局のデータも疑わしく、中国経済の正しい情況を理解することを難しくしている。政府はGDPのために「興奮剤」を使うことを厭わない――中国経済を刺激する手段は全国での道路や鉄道、空港の建設を建設しかないのだが。中国のスポーツ界はドーピングの刺激から離れられない。しかしその副作用は甚大だ。「ドーピング」に頼った中国経済は、あとどれくらい持ちこたえられるのだろうか?

<次ページに中国語原文>

プロフィール

辣椒(ラージャオ、王立銘)

風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トランプ関税巡る市場の懸念後退 猶予期間設定で発動

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安

ビジネス

アトランタ連銀総裁、年内0.5%利下げ予想 広範な
今、あなたにオススメ
>
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story