コラム

国債が下落しても誰も困らない理由

2017年05月11日(木)06時50分

ooyoo-iStock

<「国債金利上昇=国債価格下落によって生じるキャピタル・ロス」問題を考察する。結論からいえば、問題は何もない。それでも、国債下落金融危機論が根深いのはなぜなのか>

本稿は、「日銀債務超過論の不毛」(2017年5月8日付)の続編である。筆者はそこで、「異次元金融緩和の出口局面において、日銀の剰余金はマイナスとなり、そのバランスシートは債務超過に陥り、円の信認が毀損される」といった、いわゆる日銀債務超過論が基本的に的外れであることを指摘した。

異次元緩和からの出口において、日銀の剰余金はおそらく減少するであろうし、一時的にはマイナスとなる可能性もある。しかし、仮に日銀のバランスシートが債務超過に転じても、それは出口における過渡期の現象にすぎない。というのは、「日銀の資産から得られる収益がその負債に対して支払う付利を将来にわたり恒常的に下回る」ことはあり得ないからである。

日銀の剰余金が減少するとすれば、その原因は主に、日銀が資産として保有する国債の価格下落による。出口局面においては、国債金利はおそらくインフレ率を後追いするように上昇し、最終的には実質金利の分だけインフレ率を上回ることになる。その場合、日銀保有の国債にキャピタル・ロスが発生し、既存の国債から得られる平均収益が市場での国債金利を下回る可能性がある。さらに、その日銀保有資産の収益率が日銀負債の一部である日銀当座預金への付利を下回った場合、いわゆる「逆ざや」が生じて、日銀の剰余金が赤字化する可能性がある。そのような試算の一つに、吉松崇「中央銀行の出口の危険とは何か」(原田泰・片岡剛士・吉松崇編『アベノミクスは進化する』中央経済出版社、2017年)がある。

つまり、国債金利の上昇局面においては、確かに日銀の剰余金が赤字化する可能性は高い。場合によっては、日銀が債務超過に転じる可能性もなくはない。もちろん、それはあくまでも、インフレ目標が達成されたのちに日銀保有国債の借り換えが完了するまでに生じる「過渡期の現象」である。とはいえ、過渡期の現象だから問題ないとはいえないという反論は当然あり得よう。

本稿では、5月8日付コラムではいったん脇に置いておいた、この「国債金利上昇=国債価格下落によって生じるキャピタル・ロス」問題を考察する。結論からいえば、国債金利上昇=国債価格下落によって日銀の剰余金が一時的に赤字化しても、問題は何もない。というのは、国債価格の下落によって生じるキャピタル・ロスは、狭義の政府にとってはキャピタル・ゲインであるため、仮に日銀に損失が生じても、日銀と狭義政府の財政を統合した「統合政府」では、その損失はすべて相殺されるからである。

他方で、国債を保有する民間金融機関等は、国債価格が下落すれば、その分の損失を被る。しかしながら、国債金利の上昇によって生じる民間部門の損失は、おおむね他の金融取引からの収益によって埋め合わされる。そもそも、国債金利が下落するような景気後退局面では、国債保有者は逆にキャピタル・ゲインを得てきたはずである。つまり、そのようにして生じる民間金融機関の収益変動は、不況期には拡大し好況期には減少するような、ある種のビルトイン・スタビライザー(自動安定化)機能と考えることができる。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

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