コラム

被災地のヒーローは(なんと)政治家!

2011年06月17日(金)15時53分

 永田町に幻滅している全国の皆様。お気持ちお察しいたします。被災地の中でも特に3月11日から時が止まったままの地域を目の当たりにすると、政治家に対する怒りは膨らむばかり。被災地には「最後はオカミが何とかしてくれる」という希望を捨てないお年寄りもいるというのに、彼らの期待に応えられる政治家は、一体どこにいるのか。

――と、もはや怒る気力さえ失くしていたら、先日なんと、(やっと)出会ってしまった。被災地をほったらかしにして政局に明け暮れる多くの政治家たちとは、似ても似つかぬ「政治家」に!
 
 彼の名は、川上哲也(48)。本職は「岐阜県議会議員」(無所属)だが、「NPO法人岐阜県災害ボランティアコーディネーター協議会理事長」という肩書きを併せ持つ。そして、どうやら最近は後者が本職になりつつあるようだ。何しろ4月20日に気仙沼市に「小泉浜災害ボランティアセンター」、通称「はまセン」を立ち上げ、それ以降2カ月近くも現地に滞在しながらボラセンの指揮を執っているという、異色の政治家なのだから。

 川上は、初めて話したときから型破りな人物だった。川上が運営している「はまセン」のHPを見ると、社会福祉協議会が運営している通常のボラセンではあり得ないような文句――チェンソーが扱えるボランティア、家屋解体ボランティア募集、朝昼夕食付き、お風呂入れます、などなど――が盛りだくさん。GW中も募集制限は一切なく、HPに「ボランティア大募集!!」というビッグな赤字が踊っている。

 HP上に公開されていた川上の携帯に電話し、取材に行きたいと言うと「ご飯も寝るところもお風呂もありますから、心配なくいらしてください。その日は『はまセン』でボランティア同士が結婚式を挙げるんです。お待ちしてます~」と、どこまでも政治家らしからぬフランクさ。一体どんなボラセンなんだ、と疑問符をたくさん抱えながら、ついに先月末行ってきた。

川上.JPG

川上哲也(ビニールテントの中に作ったという仮設風呂の前で)

 「はまセン」は、津波にのまれて道がなくなり、もはやカーナビが役に立たなくなった宮城県気仙沼市沿岸部の小高い丘の上にあった。気仙沼市本吉町小泉の浜区という小さな集落に残された浜区多目的集会所を、「避難所」兼「はまセン」として使っているという。

 先月末に訪れた「はまセン」は、電気が通ったのは4日前、水道はまだ使えず断水中という状態だった。そんなまだまだ大変な被災地で3食風呂付、結婚式もやるから泊まっていけという川上とは、一体どんな人物なのか。

 小雨が降るなか、「はまセン」の外でビニール傘を持った川上から渡されたのは、「県議」ではなく「NPO理事長」の名刺だった。電話と同じく偉ぶったところは1つもなく、なんだかはちまきが似合いそうな応援団長といった雰囲気。そんな彼が「こちらが寝るところです」と案内してくれたのは、避難所の一画だ。避難所内の仕切りのない1室で、ボランティアと避難者、そして川上までもが布団や寝袋を並べて毎日寝泊りしているという(ボランティアはテントの持込も可)。避難者とボランティアと政治家が、1日といわず1カ月以上も生活空間を共にする――普通に考えればとんでもなくレアな体験だが、ボランティアや避難者は川上を政治家とは見ていない様子。川上はそれくらい現地に溶け込んでいた。

 「はまセン」はこれまで、制限を設けずに延べ約8000人のボランティアを受け入れ、約170世帯中90世帯が倒壊したこの集落で「全世帯対応」というやり方を続けてきた。全世帯対応とは、通常のボラセンのように「被災者から依頼されてからその世帯に出向く」という形ではなく、「今日はこの地区を片付けます」と発信し、「来ないで」という人だけに手を挙げてもらう仕組み。被災者が「依頼する」、ボランティアが「依頼を待つ」というプロセスを省くため、ボランティアが余ることはないしニーズは常に存在する。

 ボランティアの内容も、瓦礫撤去や泥出しだけに留まらない。倒れているヒノキの大木をチェンソーで切り、ユニックで大木を吊り上げて軽トラックで集積所まで運ぶといった作業もこなす。ボランティアが業者さながらの働きをするため、とにかく作業スピードが速い。こうしたやり方で浜地区は一気に片付き、取材に行った時点で活動エリアの作業はほぼ終了していた。

ボランティア現場.JPG

台風が近付くなか、重機を使って作業をこなす「はまセン」ボランティア(5月30日)

 そんなボランティアに対して、地元住民の信頼は厚い。ボランティアと避難者は、避難所の台所や、屋外に設置された仮設トイレ、川上らが手づくりで作った風呂などを共有している。避難所にボラセンを立ち上げることについて誰かの許可を取ったのかと聞くと、川上と地元代表の気仙沼中央公民館副館長、及川正男は顔を見合わせ、「そういえば取ってないね~」と苦笑。政治家なのに「手続き」無視か、と(肯定的な)ツッコミを入れたくもなるのだが、そこは及川が「市は黙認してくれているんじゃないか」とフォローする。

 こうしたやり方が成り立つのは、「はまセン」の運営が「こうあるべき」という机上の空論ではなく実利に基づいているからだろう。避難者用の食事は地元住民が作り、ボランティアの食事はボランティアが作るというが、食材は「共有」することもある。避難所に届く食材をボランティアが食べるとは「けしからん」ことにように思えるが、避難所には避難者数の食材が届き、ボランティアも食材を持ち込んだ結果、日持ちしない生ものなどはどうしても余る。何より、避難者の誰に聞いても、生活すべてをボランティアと共有することに「まったく抵抗ない」とあっけらかんとした答えが返ってくる。むしろ、ボランティアがいなくなったら「寂しくなるね~」という声をいくつも聞いた。ここでは、避難者はボランティアを「支援者」というより、復興に向けた「仲間」と見ているようだ。

 それでも、どんなにすばらしい活動をしていても、政治家と聞けば「何か裏があるのでは」と疑ってしまうのが記者の習性だ。いくら岐阜県議と言え、この遠い気仙沼の地に何かしらの利権があるのではないか――。

 だが、そんな疑念の裏は取れなかった。そもそも、川上がこの場所に「はまセン」を立ち上げたのは全くの偶然だ。これまでに中国四川大地震や中越地震など国内外で災害ボランティア活動を行ってきた川上は、3月11日の夜に岐阜を出発。被災地をいくつか回った後、避難所となったこの浜区多目的集会所を訪れると支援の手が全く届いていなかった。住民が「いつもここは後回し」と諦める姿を見て、この場所を支援の拠点にしようと決めたという。

 「はまセン」の運営資金は、スタッフの人件費がないためそれほどかからない。仮設風呂のボイラーなどは地元である岐阜県高山市から持ってきたし、大きな買い物はテント2針程度。HP上で寄付も募っているが、一番実入りがいいのは「はまセン」に設置した募金箱だという。5月末の時点でボランティアなどからの義援金約200万円が集まったが、余ったカネはもちろん「この場所に寄付して帰る」。

 取材に訪れたこの日、「はまセン」ではボランティア同士の結婚式が執り行われた。静岡県出身の男女2人が「はまセン」で長期に渡って活動するうち、避難者も毎日参加しているミーティング中に「ここで結婚式挙げたら?」という声が上がり、挙式を決めたという。地元住民がすべて揃えてくれたというドレスとタキシードに身を包み、新郎新婦は「はまセン」に集まった大勢の被災者とボランティアを証人にして人前式を挙げた。地元住民が20年前に使ったというブーケと手づくりのティアラを身につけた新婦(32)は、この場所で結婚式を挙げていいものか迷ったというが、地元の住民からの「ここで結婚式を挙げることで支援の手が増えてくれたら」という言葉で決意したという。

 浸水した民家で行われた披露宴には、避難所から仮設住宅に移ったという三浦安昭(81)も駆け付けた。「ボランティアって言葉は聞いたことはあったけど、こんな大きな輪になってやってくれるとは思ってもみなかった。この場所を第2の人生の出発点に選んでくれて、嬉しいねぇ」と顔をほころばせた。避難所で生活する小野寺うめ子(85)は、「結婚式なんて久しぶりに見た。これもボランティアのおかげ。ボランティアがいなくなったら寂しくなる」という。この、被災者主催の異色の結婚式で仲人を務めたのは――やはり川上だった。

結婚式.JPG

地元住民から祝福されるボランティアの新郎新婦。左が川上

 被災者から「あの人はすごい人」「あの人のおかげ」と感謝と尊敬の念を集める川上。「はまセン」を5月29日に閉める予定だったが、住民の要請で6月12日まで活動期間を延ばした。「県議なのに地元を離れていて大丈夫なのか」と聞くと、「いやぁ、ダメでしょう」と苦笑い。「これ以上は延ばさないのか」というこちらの質問に、「もう延ばしません」と言い切っていた川上だが、被災者の声は無視できなかったらしい。閉所を目前にしていた6月9日、南三陸町歌津町名足地域から「名足も小泉浜のようにきれいにして欲しい」という要請を受けて、6月26日まで「はまセン」の活動を延長することにしたという。

 後で知ったのだが、実は4月10日には岐阜県で県議会選挙が行われていた。にも関わらず、川上が選挙の準備で地元に帰ったのは3月末の4日間だけだというから驚きだ(結果は無投票当選)。選挙より政局より、市民の声を聞く――国会議員と県会議員で違いがあるとはいえ、本来ならば川上の姿勢こそ「政治家らしい政治家」のあるべき姿のはず。誰か彼に続く人物はいないのだろうか。

――編集部・小暮聡子


プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

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