コラム

メディアは本当に「第四の権力」なのか

2011年06月07日(火)09時00分

 なぜ日本メディアは「安全デマを垂れ流している」「原発報道で腰が引けている」という罵声を浴びているのか。その原因はよく言われる「東京電力が投じてきた巨額の広告費」の呪縛ゆえではない――そんな記事を本誌今週号の特集「検証3.11」の中で書いた。

 詳しくは記事を読んでいただきたいが、その取材と執筆の過程で自分がかつて向き合い、「格闘」した大事なテーマと再会した。本誌の記事で書ききれなかった部分もあるので、改めてここで触れてみたい。そのテーマとは「メディアと権力の距離感」だ。

 筆者は91年から01年まである全国紙で記者をしていた。志望動機はほかの記者と大差ない。「権力のチェック機関」で「社会的弱者を救う」記事を書きたいというよく言えば純粋な、悪くいえばかなり青臭い思いだ。だが実際に支局で記者として働き出してまもなく、その仕事がどうやら自分の思い描いていたものとは少し違う、ということに気付かされる。

 新聞記者にとって、何より優先されるのは特ダネを書くことで、それ以外の記事を書いてもそれほど評価はされない。しかもその特ダネは警察・検察を筆頭とする行政機関の非公開内部情報であればあるほど高く評価される。いわゆる「街ダネ」のすぐれた記事も歓迎はされるが、何と言っても求められるのは行政情報を事前に報じる「前打ち」記事だ。

 その結果、特に所轄警察署を担当する1、2年目のサツ回り記者たちは自然と警察官の取材に熱を上げることになる。非公開の捜査情報を握る警察官に食い込むうえで、彼らに嫌われるのは基本的にご法度だ。警察官に限らず、新聞記者が行政機関の取材に重きを置いているのはそこに情報が集約されているからだが、特ダネ競争に熱中するあまり、多くの記者は次第に「社会的弱者」のことも「権力のチェック機関」としての役割も忘れていく。

 言い尽くされてきた議論だ、と思うかもしれない。確かにサツ回り取材に由来するメディアと権力の癒着構造は、これまでさんざん批判されてきた。それでも新聞やテレビへの罵声が消えないのはなぜか。それは、記者の側にほとんど自覚がないことに原因がある。

 あえていえば既存メディアは市民でなく権力の側に立っている。たまに権力の腐敗をスクープで糾弾しても、それはむしろ「ガス抜き」的でしかなく、構造的にメディアと権力はかなりの部分で一体化している。そして市民はそのことに気付いている。

 ところがほとんどのメディアの人々は既に本質的にそうでないのに、自分たちのことを未だに「弱者の味方」で「権力のチェック機関」だと思い込んでいる。もちろん、記者は権力機関の不正にも目を光らせている。取材とは究極のところ、人間対人間のぶつかりあいだから、必ずしも権力に媚びを売る記者だけが特ダネを独占するわけでもない。

 だが記者の全体の仕事量から見れば、重きを置かれるのは批判精神ではなく「前打ち」記事を書く能力だ。構造的には権力寄りなのに、記者個人の意識としてはあくまで「市民の味方」だから、いつまでたっても自分たちへの批判を理解できず、逆に市民の不満に不満の矛先を向け返し、その結果お互いの不信感が深まる悪循環を招いている。

「自分は警察・検察記者でないし今も弱者の味方だ」という記者もいるだろう。警察官はその職業的特性から敵味方を敏感にかぎ分ける能力に長けている人たちだが、筆者はその自宅に夜訪れる「夜回り」取材の最中、警察官から自分の娘を結婚相手として紹介されかけたことがある。実際、警察官の娘と記者が結婚するケースもある。警察官が記者を自分の家族に受け入れるという事実が、既存メディアと権力の距離感を如実に物語っている。組織の本質がそもそも権力寄りであれば、「自分は違う」という記者の存在も異端でしかありえない。

 弱者の味方を装う10年間の「仮面生活」に破綻したのが、つまるところ筆者が新聞記者をやめた原因だったと、今になって思う。行きたい部署ややりたい仕事もあったから何とか我慢していい「警察記者」になろうとしたが、結局はなり切れなかった。

 今回の原発報道に対する批判も、結局のところは市民の味方のようでありながら、本心は権力を向くメディアへの不信感がその根底にある。いわゆる記者クラブ問題も一見形式的に過ぎないように見えるが、その本質はメディアの権力依存にある。少なくとも市民の側はそれに気付いている。だから「記者クラブ批判本」は消費され続ける。

 権力をチェックする権力、という意味でメディアは「第四の権力」と呼ばれる。だが、実はその矛先が市民を向いた本当の意味での「四つ目の権力」なのではないか――元新聞記者として、この仮説が間違いであることを心の底から望んでいる。

――編集部・長岡義博(nagaoka1969)

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story