コラム

タイ「内戦」の愚かさ

2010年04月23日(金)12時35分

 タイの首都バンコクの金融街で22日夜、タクシン派のデモに反対する集会に小型砲弾が連続して打ち込まれ、3人が死んだ。

「小型砲弾」はM79グレネードランチャーと呼ばれる小型火器から発射されたとみられている。M79グレネードランチャーは米軍が開発した歩兵を支援するための武器で、主にベトナム戦争で使われた。

 今年1月と今月7日、バンコクの陸軍本部に同じM79グレネードランチャーが打ち込まれる事件があり、1月の事件では、警察がタクシン派の陸軍幹部の自宅を捜索した。

 アピシット首相が党首の民主党本部にも今月6日、M79グレネードランチャーから発射されたとみられる砲弾が打ち込まれ、警官2人が負傷した。22日にはバンコク郊外にあるジェット燃料貯蔵タンクにこの小型火器からの砲弾が打ち込まれた。

 必ずしもすべてがタクシン派の犯行ではないかもしれない。反タクシン派の自作自演の可能性もある。でも、殺傷力の強い小型火器が首都でこれほど頻繁に発射される国を「微笑みの国」と呼ぶのは、もはやブラックジョークでしかない。

 08年11月、反タクシン派の市民団体PAD(民主主義市民連合)が空港を占拠。タクシン派のソムチャイ政権を退陣に追い込み、アシピットが首相の座についた。当時、空港占拠によってタイ経済はマヒしかけた。

 今度はタクシン派がバンコクの金融街を占拠し、金融危機後ようやく出口の見えかけたタイ経済を人質に政権を奪還しようとしている(香港のアジア・タイムズによれば、タクシン派が金融街に居座っているのは、反タクシン派の企業の本社があるからでもある)。

 まだ誤解している人がいるかもしれないが、現在起きているタイの騒乱は民主化運動でも何でもない。極論すれば、都市中流層と農村貧困層の間のカネの奪い合いである。まともな国なら議会で話し合うところを、空港や金融街を占拠し、あげくの果てに内戦まがいの砲撃戦をやっている。

 アジア・タイムズの記者と話した経済アナリストや外国人投資家の間には、アピシット首相の退陣と元陸軍司令官のチャワリット元首相(77)の再登板を求める声があるという。

 収拾がつかなければ、また軍のクーデターが起きる可能性もある。すべてを力で解決しようとする国を、国際社会は民主主義国家と認めるべきではないと思う。

――編集部・長岡義博

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

COP29、会期延長 途上国支援案で合意できず

ビジネス

米債務持続性、金融安定への最大リスク インフレ懸念

ビジネス

米国株式市場=続伸、堅調な経済指標受け ギャップが

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米景気好調で ビットコイン
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story