コラム

スペインメディアが中立を捨て、自己検閲を行い始めた

2017年12月15日(金)19時29分

スペインの首都マドリードに拠点を置くテレビ局の中継に、「政治犯釈放」とカタルーニャ語で書かれたビラを持って、テレビ画面に映り込もうとするカタルーニャ市民たち。カタルーニャ州議会議員8人と独立派市民団体のリーダー2人の釈放を求めるデモで(バルセロナ、11月8日) Photograph by Toru Morimoto

<カタルーニャ独立問題を機に、カタルーニャ公共放送にスペイン政府が介入し始め、首都マドリードのメディアも政府に追従して「独立派」批判を繰り広げている>

「ボン・ディア! ダスペルタ、カタルーニャ(おはよう! 起きて、カタルーニャ)」

まだ薄暗い朝、カタルーニャ人女性ジャーナリスト、モニカ・タリバスの声がラジオから聞こえる。

「7時です。カタルーニャ・ラジオ『朝』です」

こうして、カタルーニャの1日が始まる。

カタルーニャの公共放送は、カタルーニャ・ラジオとカタルーニャ・テレビの2つで、カタルーニャ語のみで放送されている。

カタルーニャ・テレビは、総合チャンネルTV3をはじめ、24時間ニュース、スポーツ、子供向けなど合計6チャンネルを保有している。これらの他に、現地の一般家庭では、スペイン国営テレビ局、スペイン全国ネットの民間テレビ局など、多くのスペイン語チャンネルも視聴できるが、地元カタルーニャ・テレビの人気は根強く、特にTV3は、最も視聴されているチャンネルだ。

フランコ独裁政権時代を彷彿させる党員の言動で、たびたび炎上騒ぎを起こしている国民党が率いるスペイン中央政府は、10月28日のカタルーニャ自治権剥奪後、TV3に対して圧力を強めている。

その理由は「中立でない」から。国民党のシャビエル・ガルシア・アルビオルは、TV3が「カタルーニャ独立を支援する『(元州首相カルラス・)プッチダモン・テレビ』だ」と揶揄し、「一旦閉鎖して『まともな人間』たちで再開するべきだ」と、政府によるテレビ局への直接的介入を主張する。

では、どのテレビ局が中立的なのだろうか。

報道の中立性や言論の自由度などを調査する独立機関CAC (カタルーニャ・オーディオ・ビジュアル委員会)が、10月1日のカタルーニャ独立を問う住民投票について、スペイン国内のテレビ各局がどう報じたかを調べた。

morimoto171215-chart1.png
morimoto171215-chart2.png

資料:CAC Newsweek Japan

調査結果によると、TV3がカタルーニャ州議会を構成する7政党全ての賛否両論の声を流すなど、最も多様な意見を報じ、バランスの取れたテレビ局だという結果が出た。一方、スペイン政府側メディアのTVE Catalunya(スペイン国営テレビ局TVEのカタルーニャ地方チャンネル)は、独立派政党の声を全く報じなかった。

また、調査ではどのテーマが放映時間を多く占めたかも調べているが、国外から注目を集め、英BBCや米CNNでも報じられ、TV3では31.3%を占めた「スペイン警察によるカタルーニャ市民への暴力的行為」は、TVE Catalunyaではほとんど報道されず、2.8%しかなかった。TVE Catalunyaでは「法律に従って執行されたスペイン警察の行動」という項目が20.7%を占める。逆に、「市民によるスペイン警察への暴力的行為」は、TVE Catalunyaでは7.0%だが、TV3ではほぼ報じられていない。放送局のバックグラウンドによって、報道内容が大きく異なっている。

実際、スペイン国営テレビ局(TVE)系列の報道姿勢には疑問が多く、住民投票翌日に身内からの反乱が起きている。TVEに勤務する記者たち自身が、カタルーニャの住民投票に関する自社の偏向報道に抗議して、「恥」と書いた紙をマドリードのオフィス内で掲げ、自社会長の辞任を求めたのだ。

プロフィール

森本 徹

米ミズーリ大学ジャーナリズムスクール在学中にケニアの日刊紙で写真家としてのキャリアを開始する。卒業後に西アフリカ、2004年にはバルセロナへ拠点を移し、国と民族のアイデンティティーをテーマに、フリーランスとして欧米や日本の媒体で活躍中。2011年に写真集『JAPAN/日本』を出版 。アカシギャラリー(フォトギャラリー&レストラン)を経営、Akashi Photos共同創設者。
ウェブサイト:http://www.torumorimoto.com/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ発表 初の実戦使用

ワールド

国際刑事裁判所、イスラエル首相らに逮捕状 戦争犯罪

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 5
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story