コラム

SNSで悪意ある「陰謀論」を拡散...選挙イヤーの今年、サイバー工作員たちが撒き散らす「偽情報」とは

2024年01月19日(金)11時47分

このキャンペーンは、アメリカがエイズウイルスの発生に責任があるというイメージを、計画的に世界で拡散させるために実施された。この工作は、まず1983年にインドの新聞に、架空の「アメリカ人科学者」から手紙が掲載されたことで始まった。実はこのインドの新聞は、その数年前にKGBが、インドで親ソ連のプロパガンダを広めるために作ったものであった。

偽の"尊敬されている"「アメリカ人科学者」によって投稿された体で掲載されたこの手紙は「インドにエイズが侵入する可能性」と題され、エイズウイルスは米メリーランド州にある米国化学生物戦研究施設で作られたものだと告発した。この記事を元記事として、KGBはあちこちでこのストーリーを引用して拡散させた。

今も「エイズはCIAがばら撒いた生物兵器」と信じる人が

この作戦については、後にソ連の内部文書で暴露された。ソ連が作成した文書にはこう書かれている。「この作戦の目的は、このウイルスが秘密裏に行われた新型生物兵器の実験の末に生まれて制御不能に陥ったものであり、アメリカの秘密情報機関と国防総省がそれに関与しているというストーリーを拡散して、海外でわれわれに有利な意見を形成することだ」

この「陰謀論」は、作戦開始から30年経った今でも、アフリカなどのグローバルサウスだけでなく、欧米諸国の一部にもしつこく残っている。事実、最近の研究調査によると、アフリカ系アメリカ人の約12%が、今もエイズはアメリカの生物兵器であり、CIA(米中央情報局)によって、アメリカなど欧米諸国やアフリカで意図的に拡散されたものだと信じている。

今、こうしたキャンペーンの舞台は、サイバー空間に広がっている。以前よりも低コストで大量に、ターゲットに直接、メッセージを届けることができ、効果的に工作が可能だ。しかもデジタル化と、AI(人工知能)の進化によって、ディスインフォメーションもこれまでになかったほど巧妙になっている。AIによって本物と見間違うような偽動画を作って拡散させ、反中国の候補を貶めたり、中国寄りの意見を広めるための工作が繰り広げられた。

今回の台湾におけるディスインフォメーションのキャンペーンに触れるまでもなく、現在、世界では、悪意あるアクターが、同様のキャンペーンを何十件も毎日のようも生み出すことができる。この分野を得意としているのは、先駆者的なロシアや中国、イランなどだ。しかもこうした工作のノウハウを第三世界に輸出もしている。今年選挙を控える、アメリカやインド、ポーランド、インドネシアなどではすでに工作が始まっていると考えていいだろう。

プロフィール

クマル・リテシュ

Kumar Ritesh イギリスのMI6(秘密情報部)で、サイバーインテリジェンスと対テロ部門の責任者として、サイバー戦の最前線で勤務。IBM研究所やコンサル会社PwCを経て、世界最大の鉱業会社BHPのサイバーセキュリティ最高責任者(CISO)を歴任。現在は、シンガポールに拠点を置くサイバーセキュリティ会社CYFIRMA(サイファーマ)の創設者兼CEOで、日本(東京都千代田区)、APAC(アジア太平洋)、EMEA(欧州・中東・アフリカ)、アメリカでビジネスを展開している。公共部門と民間部門の両方で深いサイバーセキュリティの専門知識をもち、日本のサイバーセキュリティ環境の強化を目標のひとつに掲げている。
twitter.com/riteshcyber

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