コラム

Mrs. GREEN APPLEのMV「コロンブス」炎上事件を再発させない方法

2024年06月18日(火)18時54分
Mrs. GREEN APPLE

Mrs. GREEN APPLEのホームページから

<Mrs. GREEN APPLEのMV炎上事件は、「集合無知」のリスクと「どこに地雷が埋まっているかわからない」キャンセルカルチャー問題の難しさを改めて日本社会に突きつけた。しかし、回避する方法がないわけではない>

人気バンドMrs. GREEN APPLEのミュージックビデオ(MV)が「炎上」した。コロンブスとナポレオン、ベートーベンに扮したメンバーが海に浮かぶ小島の家で類人猿と戯れるという内容のMVだが、6月12日に公開されると「植民地主義的で差別的」という批判が殺到。配信停止に追い込まれた。

コカ・コーラのサマーキャンペーン「Coke STUDIO」のために書き下ろされた新曲のMVが、思わぬ形で「キャンセルカルチャー砲」を正面から浴びた形だ。「どこに地雷があるのか分からない」と頭を抱える広告クリエイティブ関係者も多いだろう。どうすれば回避できるのか。


MVを見ると、舞台となるのはカリブ海を思わせる洋上に浮かぶ小さな島。そこに建つ家を見つけたコロンブスらが中に入ると、中にはソファで寛ぐ類人猿がいる。たちまちパーティーが始まり、歌って踊って騒ぐ乱痴気の中でベートーベンはピアノを、ナポレオンは馬術を類人猿に教える。ベートーベンが乗る人力車を必死に引くのも猿だ。壁に飾られているのはバッファローの角。夜になると「MONKEY ATTACK」という映画を皆で観るが、倒れた白い鉢巻の猿を赤鉢巻の猿が抱きかかえ悲しむシーンに3人組と猿は涙ぐむ。コロンブスがテーブルの上で卵を直立させた後、3人組は「BABEL」という文字が刻まれたレンガの脇を歩いて家から去っていく。そういった内容だ。

確かに「批判もむべなるかな」と思わせる内容とも言える。コロンブスが「新大陸を発見した偉人」として無条件に称賛されるポジションから引きずり降ろされ、先住民虐殺と植民地支配、奴隷貿易の端緒を切り開いた「悪しき存在の象徴」として非難が加えられるようになったのは別に最近のことではない。1992年の「新大陸発見500周年」の前後には既に疑問の声は大きくなっていた。北米のBLM運動が激化した2020年にはコロンブスの銅像を破壊する動きも生じている。そのコロンブスがベートーベン、ナポレオンとともに先住民(猿)を教化し文明化する様を無邪気に描いたとしたら悪い冗談でしかない。

しかしMVは、猿が人力車を引くシーンの背景に、ナポレオンの遠征(侵略)先であるエジプトのピラミッドだけでなく、現代の風力発電のシーンを使用したり、エジソンの電球やコロンブスの卵といった様々なアイテムを引用したりしている。この超時空的な玉石混淆っぷりは、「潤んだ瞳の意味を生かすには まず1個宝箱を探すんだ」といった天才的ワーディングの歌詞、パステルカラーのセット、淡色の映像色調と相まって、軽快な音楽に「極上のポップ感」を与えてもいる。

Mrs. GREEN APPLEの大森元貴氏は13日に「差別的な内容にしたい、悲惨な歴史を肯定するものにしたいという意図」はなかったと釈明し「配慮不足」を謝罪した。所属するユニバーサルミュージック合同会社も「歴史や文化的な背景への理解に欠ける表現が含まれていた」として謝罪している。確かに今回のMVについては、クリエイティブに関わった人々の「集合知」ならぬ「集合無知」が意図せずに形成されてしまった側面がある。

しかし、コロンブスがキャンセルカルチャー(広義には「特定の人物・団体の言動を問題視し、集中的な批判を浴びせて表舞台から排除しようとする動き」を、狭義には「現代の基準から不適切だと思われる功績を過去にさかのぼって否定する」風潮をいう)の象徴的存在であることは、現代の日本で「衆知の事実」とまでは言えない。アーティストがコロンブスの位置付けの逆転や国際潮流としてのキャンセルカルチャーの視点を知らなかったとしても、それだけで非難するのは酷だろう。iPhoneやPCのOSと異なり、何かしらの創作物を作り出す土台となる「視野」は自動的にアップデートされることはない。大切なのは個々人のアップデート力と知的怠惰に問題を収斂させるのではなく、炎上を防ぐ仕組みを構築することではないだろうか。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国大統領が戒厳令、国会は「無効」と判断 軍も介入

ビジネス

米求人件数、10月は予想上回る増加 解雇は減少

ワールド

シリア北東部で新たな戦線、米支援クルド勢力と政府軍

ワールド

バイデン氏、アンゴラ大統領と会談 アフリカへの長期
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説など次々と明るみにされた元代表の疑惑
  • 3
    NATO、ウクライナに「10万人の平和維持部隊」派遣計画──ロシア情報機関
  • 4
    スーパー台風が連続襲来...フィリピンの苦難、被災者…
  • 5
    シリア反政府勢力がロシア製の貴重なパーンツィリ防…
  • 6
    なぜジョージアでは「努力」という言葉がないのか?.…
  • 7
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 8
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 9
    「92種類のミネラル含む」シーモス TikTokで健康効…
  • 10
    赤字は3億ドルに...サンフランシスコから名物「ケー…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式トレーニング「ラッキング」とは何か?
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 6
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    黒煙が夜空にとめどなく...ロシアのミサイル工場がウ…
  • 9
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 10
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story