コラム

1500~2000人も犠牲になった虐殺事件ですら、歴史に埋もれてしまう

2017年09月06日(水)11時20分

ベイルートのシャティーラ難民キャンプで8月12日に行われた「テルザアタルの虐殺」41周年の行進 撮影:川上泰徳

<ベイルートの難民キャンプで41年前に起こり、いまも深い傷跡を残す「もうひとつの虐殺」。繰り返してはならないはずの悲劇は、なぜいとも簡単に風化してしまうのか>

レバノンのベイルート南郊にあるシャティーラ難民キャンプの取材は今年で3年目となる。2015年以降、毎年1カ月から2カ月ベイルートに滞在し、取材してきた。今年は6月半ばから8月半ばの2カ月となった。

来年2018年は大規模なパレスチナ難民を生んだ1948年の第1次中東戦争から70年。その節目に合わせて、この70年間にパレスチナ難民がどのような経験をしてきたかを検証してみようと思って始めた取材だった。

最初からテーマを定めず、人々に幅広く話を聞きながらテーマを探した。どれだけ取材を重ねても、初めて聞く話が出てきた。取材を通して知ったのは1976年の「テルザアタルの虐殺」である。

いまは存在しないが、かつてベイルート東部に「テルザアタル」というパレスチナ難民キャンプがあった。5万人から6万人が住んでいたというから、現在のシャティーラ難民キャンプの3倍ほどの大きな難民キャンプである。

レバノンでは1975年にパレスチナ解放機構(PLO)支持者とキリスト教民兵の間の銃撃戦をきっかけとしてレバノン内戦が始まった。

内戦は90年まで15年間続き、シリアの介入やイスラエルの侵攻があり、宗教や宗派を超えて複雑に入り混じった内戦となったが、当初はキリスト教徒と、PLOにつながるイスラム教徒の間の抗争だった。

内戦の過程で、ベイルートはキリスト教徒が住む東部と、イスラム教徒が住む西部に分割された。東ベイルートにあったテルザアタル・キャンプは1976年6月22日から8月12日まで52日間、完全包囲され、キリスト教民兵の包囲攻撃にさらされた。

8月11日までにキャンプを拠点にしていたパレスチナ武装勢力が撤退し、12日に民間人がキャンプからイスラム地区の西ベイルートまで退避する合意ができた。しかし、キャンプを出てきたパレスチナ難民は西ベイルートに到着するまでにキリスト教民兵に殺害されたり、拉致されたたまま行方不明になったりした。犠牲者は1500人から2000人とされる。これが「テルザアタルの虐殺」である。

キリスト教民兵のスナイパーに狙われ、水汲みも命がけだった

テルザアタルの虐殺から41年目となる今年の8月12日、私はシャティーラ・キャンプにいた。

日本のNGO「パレスチナ子どものキャンペーン」が支援している「子どもの家」が虐殺41年を記憶するためにシャティーラ・キャンプからキャンプの外にある「パレスチナ殉教墓地」まで行進するというので、その行進を取材した。その日は「子どもの家」創設41年の記念日でもあった。子どもの家は、もともとテルザアタルの虐殺で親を失った孤児を救援するために作られた組織だった。

シャティーラ・キャンプの「子どもの家」には行進に参加する子供たちが集まっていたが、そこにテルザアタルで当時13歳の長男を民兵に連れ去られたという70代の老人がいた。「長男の行方は分からないが、忘れたことはない」と語った。41年たっても、親にとって子供を失った記憶は時間が止まったように色あせていない。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story