コラム

安保法案成立後の理性的な議論のために

2015年09月18日(金)16時49分

 なぜ、このような基本的なことさえも理解されていないかというと、法案を作成した人々や、それをチェックした内閣法制局の意図と、本来もっていた自民党の政治家の方々の意向とに、ずれがあったからだと思います。本当は、もっと広範な安全保障活動を可能とするような法案を作ろうとしたのですが(「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」もそれを提言した)、横畠裕介内閣法制局長官は、実質的に集団的自衛権行使可能な領域を相当程度に縮めています。したがって、今回の法案の中核部分は、新三要件導入による自衛隊法と武力攻撃事態法の改正、すなわち部分的な集団的自衛権の行使容認ではなく、上記に述べたような国際平和協力活動の拡充です。

軍事力では問題解決はできない

 なお、私はヨーロッパ外交史を専門としてきて、これまで過去数百年の戦争と平和の歴史を学んできました。歴史上多くの人々が、武力を用いて戦争により難しい問題を解決しようとしました。私の基本的な認識としては、国際政治上の多くの問題は、軍事力を用いて解決できません。軍事力を用いて解決しようとする誘惑はときに大きく、それによって起こる被害は甚大です。ですので、私は可能な限り軍事力を用いることを回避して、最後まであきらめずに外交により問題解決すべきと考えています。

 ですので、拙著『外交――多文明時代の対話と交渉』(有斐閣)では、次のような言葉を引用しています。


「諸国家は、持続的な交渉を慎重に行う場合には、実際自分で経験してみなければ信じられないほど多くの利益を得る。  正直にいうと、わたしがこの真理を知るようになったのは、政務の運営をさせられるようになってから5,6年のちのことである。しかし、今では、わたしはこのことについて強いて確信を抱いているので敢えて言うが、公然とまたは秘密裡に、すべての国と絶ゆることなく交渉することは、たとえ今すぐ成果を生まなくとも、また、将来に期待しうる成果がはっきりと目に見えなくとも、諸国家の利益のために全く欠くことのできないことである。」 (リシュリュー『政治的遺言』)

 また、そのような考えから、イラクのサダム・フセインの問題を、正義を掲げて軍事力を用いて解決できると考えたトニー・ブレアの外交を、『倫理的な戦争――トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会)のなかで、批判しました。


「アフガニスタン戦争やイラク戦争の際に、『保護する責任』において示された国際的な合意は、濃い霧の奥深くに隠れてしまった。これらの戦争は、すでに本書の中で論じてきたように、人道的介入という論理ではなくて、あくまでもアメリカの国家安全保障を守るための、『対テロ戦争』、さらには単独行動主義的な『先制攻撃ドクトリン』という文脈に沿って進められた性質が強かった。さらには自国兵士の死者数を極力減らすためにも、また軍事的効率を最大化するためにも空爆主体の軍事攻撃となり、それによって攻撃対象国の一般市民の数多くを殺傷する悲劇を生み出してきた。自国兵士のパイロットの生命を最優先し、高い高度から爆撃することによって、地上の一般市民の生命が犠牲となる。それは倫理的な戦争と誇ることのできるようなものではなかった。」(398頁)

 歴史上、数多くの政治指導者たちが、軍事力を行使することで自らの望む目標を達成しようとしてきました。しかし、その多くの場合が失敗に終わっています。それは、私が書いた二冊目の専門書、『外交による平和――アンソニー・イーデンと二十世紀の国際政治』(有斐閣)で詳しく書いています。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

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