コラム

安保法制論争を「脱神話化」する

2015年09月14日(月)12時11分

 さて、「アメリカ追随」と言われる日本の場合は、どのていど高い比率でアメリカに同調しているのか。日本がアメリカと同じ投票をした割合は、実はアメリカの同盟国として最も低い67.2%である。オーストラリアやイギリスはもちろん、フランスやドイツより、さらには韓国(67.7%)よりも低い数値だ。国連総会での投票行動を見る限り、日本はアメリカの同盟国として最も自立した対外行動をとっているといえる(国会決議で米軍基地を廃棄したフィリピンは同盟国と位置づけるかどうかは意見が分かれるが、42.5%とロシアより低い数値である)。

 これを見る限り、日本政府がアメリカからの要請を断ることができないで、戦争に巻き込まれるというのは、必ずしも公平な主張とはいえないことが分かる。日本の外務省は、気候変動の問題や、核廃絶への取り組み、アラブ諸国との関係、イランとの外交など、これまで多くの領域でアメリカ政府とは大きく異なる政策を展開し、ときには激しい外交摩擦も見せてきた。実際の外交史料を用いた最新のいくつかの外交史研究に基づけば、戦後多くの場面で日本政府はアメリカと、緊張感溢れる交渉を繰り広げてきた。

 平和憲法を持ち、武力行使に対する厳しい国内的な制約があり、また平和国家としての理念を擁する日本人は、たとえアメリからの要望があったとしても、イラク戦争やアフガニスタン戦争のような戦争に自衛隊を派兵することなどはとうてい考えられない。

アメリカはいつ集団的自衛権を行使したか

 それでは、アメリカ政府はこれまでに、どのていど頻繁に集団的自衛権の行使をして、どのていど頻繁に同盟国などに戦争への参加を求めてきたのか。

 国連憲章51条では、集団的自衛権を行使した際には、「直ちに安全保障理事会に報告しなければならない」と規定されている。戦後、国連安保理に報告された集団的自衛権行使の事例は、全部で13回、ないしは14回である。戦後70年間で、アメリカ政府が行った集団的自衛権の行使は、そのうちでわずかに3回だけである(1990年のイラク危機の際には、当初は集団的自衛権の行使としての措置をとっていたが、途中からは国連安保理決議に基づく集団安全保障措置に切り替わり、翌年1月からはじまった武力攻撃は集団安全保障の範疇となる)。

 現在、NATO加盟国は全部で28ヵ国であるが、このうちでアメリカからの要請、あるいはアメリカとの協力に基づいて実際に集団的自衛権を行使した国は、イギリス一国のみである。他の26ヵ国は、一度としてアメリカの要請で集団的自衛権を行使して戦争を行ったことはない。

 2001年の9.11テロの後のアフガニスタン戦争は、多少性質を異にする。というのも、これはアメリカの要請で行われた戦争ではなく、むしろアメリカは欧州諸国からの安全保障協力の提案を拒絶しようとしたからだ。

 9.11テロの直後にブリュッセルのNATO本部では、カナダのデイヴィッド・ライト大使がアメリカのニコラス・バーンズ大使に向かって、「われわれには5条がある」と述べて、集団防衛としての北大西洋条約第5条を適用することを提唱した。翌日の9月12日に、緊急の北大西洋理事会が開かれ、第5条の適用を決定した。これを受けて、実際に欧州諸国がどのような協力を提供するかが検討された。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story