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安保法制論争を「脱神話化」する
さて、「アメリカ追随」と言われる日本の場合は、どのていど高い比率でアメリカに同調しているのか。日本がアメリカと同じ投票をした割合は、実はアメリカの同盟国として最も低い67.2%である。オーストラリアやイギリスはもちろん、フランスやドイツより、さらには韓国(67.7%)よりも低い数値だ。国連総会での投票行動を見る限り、日本はアメリカの同盟国として最も自立した対外行動をとっているといえる(国会決議で米軍基地を廃棄したフィリピンは同盟国と位置づけるかどうかは意見が分かれるが、42.5%とロシアより低い数値である)。
これを見る限り、日本政府がアメリカからの要請を断ることができないで、戦争に巻き込まれるというのは、必ずしも公平な主張とはいえないことが分かる。日本の外務省は、気候変動の問題や、核廃絶への取り組み、アラブ諸国との関係、イランとの外交など、これまで多くの領域でアメリカ政府とは大きく異なる政策を展開し、ときには激しい外交摩擦も見せてきた。実際の外交史料を用いた最新のいくつかの外交史研究に基づけば、戦後多くの場面で日本政府はアメリカと、緊張感溢れる交渉を繰り広げてきた。
平和憲法を持ち、武力行使に対する厳しい国内的な制約があり、また平和国家としての理念を擁する日本人は、たとえアメリからの要望があったとしても、イラク戦争やアフガニスタン戦争のような戦争に自衛隊を派兵することなどはとうてい考えられない。
■アメリカはいつ集団的自衛権を行使したか
それでは、アメリカ政府はこれまでに、どのていど頻繁に集団的自衛権の行使をして、どのていど頻繁に同盟国などに戦争への参加を求めてきたのか。
国連憲章51条では、集団的自衛権を行使した際には、「直ちに安全保障理事会に報告しなければならない」と規定されている。戦後、国連安保理に報告された集団的自衛権行使の事例は、全部で13回、ないしは14回である。戦後70年間で、アメリカ政府が行った集団的自衛権の行使は、そのうちでわずかに3回だけである(1990年のイラク危機の際には、当初は集団的自衛権の行使としての措置をとっていたが、途中からは国連安保理決議に基づく集団安全保障措置に切り替わり、翌年1月からはじまった武力攻撃は集団安全保障の範疇となる)。
現在、NATO加盟国は全部で28ヵ国であるが、このうちでアメリカからの要請、あるいはアメリカとの協力に基づいて実際に集団的自衛権を行使した国は、イギリス一国のみである。他の26ヵ国は、一度としてアメリカの要請で集団的自衛権を行使して戦争を行ったことはない。
2001年の9.11テロの後のアフガニスタン戦争は、多少性質を異にする。というのも、これはアメリカの要請で行われた戦争ではなく、むしろアメリカは欧州諸国からの安全保障協力の提案を拒絶しようとしたからだ。
9.11テロの直後にブリュッセルのNATO本部では、カナダのデイヴィッド・ライト大使がアメリカのニコラス・バーンズ大使に向かって、「われわれには5条がある」と述べて、集団防衛としての北大西洋条約第5条を適用することを提唱した。翌日の9月12日に、緊急の北大西洋理事会が開かれ、第5条の適用を決定した。これを受けて、実際に欧州諸国がどのような協力を提供するかが検討された。
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