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焦点:自民が「政高党低」に楔、首相の財務省不信で健全化計画迷走

2015年06月16日(火)16時35分

 6月16日、市場が注目する「財政健全化計画」をめぐり、自民党が「政高党低」と言われてきた政策決定プロセスに楔(くさび)を打ち込もうとしている。都内で2009年7月撮影(2015年 ロイター)

[東京 16日 ロイター] - 市場が注目する「財政健全化計画」をめぐり、自民党が「政高党低」と言われてきた政策決定プロセスに楔(くさび)を打ち込もうとしている。成長重視に傾く内閣府をけん制し、財政再建との「二兎を追う」最終報告を安倍晋三首相に手渡した。ただ、安倍首相は財政再建を強調する財務省に不信感を持っているとされ、政府の骨太方針にどう反映されるか、最終的な決着の姿は不透明なままだ。

<中間目標に「PB赤字対GDP比」と「歳出額の目標設定」を>

自民党の財政再建特命委員会(委員長:稲田朋美政調会長)の最終報告が16日、原案通り総務会で了承され、自民党の機関決定となった。稲田政調会長は安倍首相にこの報告書を手渡し、政府の経済財政運営の基本方針(骨太の方針)への盛り込みを求めている。

報告書が重視したのは「安倍政権の3年間の歳出改革の継続と強化」。「不確実な税収増や歳出抑制先送りの議論は、政府・与党としての責任放棄として国民や市場から信頼を失う」と主張し、歳出の見直しの着実な実行をえるために、歳出目標の設定を求めている。

分野別では、定性的に歳出の枠を想起させる文言を盛り込み、社会保障費は高齢化の伸び程度に、非社会保障費はほぼ横ばいとする方向性を堅持した。

2018年度の中間目標について「PB赤字対GDP比に加えて、歳出額の目標設定を行い、2016年度予算から手を緩めることなく集中的に歳出改革を行う」ことを求めた。

中間目標に政府の経済財政諮問会議が方針を固めている「PB赤字対GDP比」を加えることで、成長にも配慮する姿勢をにじませた。

<政権公約の「二兎追う」>

「経済再生なくして財政再建なし」──。甘利明経済再生相は、これが政権の基本方針と繰り返す。内閣府や経済財政諮問会議の民間議員が「経済再生と財政再建の両立」としながらも成長重視の姿勢に対して、自民党特命委員会が警鐘を鳴らし続けたのはなぜか。

最終的には首相判断となる前の「アリバイ工作」(政治アナリストの伊藤惇夫氏)との見方もあるが、別の声も与党内にはある。関係筋によると、稲田氏には確信があったという。

「財政再建することによって、経済を腰折れさせてはいけないということには、100%同意する。だが、この3年間きちんと財政改革しながら、経済成長も続けてきた。この3年間の改革すら出来ないのはおかしい」と稲田氏は、6月2日の特命委で述べていた。

先の関係筋によると、安倍政権の歳出改革ペースで景気回復は阻害されていないことに稲田氏は確信を持ち、それが稲田氏を傾斜させた。

特命委が懸念したのは、経済財政諮問会議では、高い成長を前提に税収を見込んだうえに、経済構造の高度化や高付加価値化で、新たな税収増を図る税収の伸びを大きく見込み、歳出への切り込みに及び腰な点だ。

諮問会議民間議員の新浪剛史氏(サントリーホールディングス社長)から歳出改革は18年度以降に本格化させる案が浮上すると、金丸恭文・フューチャーアーキテクト会長兼社長ら4人の特命委員会アドバイザーは「本格的な歳出削減の2018年度以降への先延ばしは、与党としての責任放棄として国内外の信頼を失う」との緊急提言をおこない、政調会長を側面支援した。

稲田氏は6月には総務会で機関決定する方向にカジを切る。1)5月13日に提案した中間整理に強い反対がなかった、2)経団連はじめ財界3団体も歳出改革を中心に9.4兆円の赤字解消を図るとの中間整理を支持した、3)網羅的な各論の提案に強い反対が出なかった──ことや、党内からも諮問会議の議論に「緩い」との批判が相次いだことが、政調会長の背中を押した。

<財務省不信が招いた齟齬>

しかし、政府内の議論は、終始、経済財政諮問会議民間議員ペースで進み、内閣府と財務省の「場外バトル」が続く。財務省と安倍晋三首相との距離感が縮まらないことも災いした。消費税率8%への引き上げによる反動減が想定以上に深く、安倍首相の財務省に抱いた不信感が拭えないからだ。

経済財政諮問会議の事務局の内閣府が週2回のペースで、安倍首相に直接説明を行い調整を進めるのに対して、財務省は直接首相に説明する機会がなかったとされる。

関係筋によると、焦る財務省は、高成長を前提とする財政健全化に警鐘を鳴らす自民党の行政改革推進本部(河野太郎本部長)メンバーの支持を取り付け、自民党特命委員会の議論に色濃く反映されている。

<諮問会議も一枚岩とは言えず>

対立の構造は内閣府と財務省だけではない。諮問会議の民間議員も一枚岩ではなかった。

経団連の榊原定征会長は5月26日の会見で、諮問会議での議論が歳出抑制に消極的ではないかと問われると「経済界の代表として(20年度に残るとされる赤字)9.4兆円の大部分は、歳出改革で実現すべきだと主張している」と明言した。

これに先立つ12日の諮問会議で、高橋進・日本総研理事長が「歳出抑制は5─6兆円」などと発言したことについては、あくまで高橋氏の私見に過ぎないと強調。「それが諮問会議の全体の意見とは思わないでいただきたい」と語気を強め、自らの意見が民間議員提言に反映されていないことを強くにじませた。

新浪氏の発言はいったんは民間議員提言となったが、菅義偉官房長官が待ったをかけ、とん挫した。「政権の姿勢が後退していると映ることを警戒した」(政府筋)という。

骨太の方針に2018年度の歳出額の目標設定が盛り込まれることになるのかどうか。「素案」の段階で空欄になっているこの項目に、どのような表現が盛り込まれるのか。安倍首相と稲田政調会長ら政府・与党内の調整の行方に注目が集まっている。

(吉川裕子 梅川崇 編集:田巻一彦)

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