コラム

「ハトバマ」はなぜ大きなお世話か

2010年01月07日(木)17時56分

 12月31日付けのウォール・ストリート・ジャーナル紙が、鳩山政権の政治手法を批判するコラムを掲載した。執筆者はニューヨーク大学の経済学者、ヌリエル・ルービニと、政治リスクコンサルティング会社「ユーラシア・グループ」のイアン・ブレマー代表。2人は鳩山政権の「非現実的」な政策の危険性を指摘し、バラク・オバマ大統領のアプローチを見習うべきだと提言した。

 筆者らは、鳩山由紀夫首相は現実に向き合う必要があると論じている。鳩山は「思想を同じくする人々を失望させることを恐れず、財政的に立ち行かない政策を懸念している中道派の不安を鎮める現実主義者の『ハトバマ』となるべきだ」。

 記事は鳩山と民主党の「野心的」で「矛盾した」公約を批判し、民主党が日米関係を損なう危険を冒しているというアメリカ側の主張を疑いもなく繰り返している。そして、民主党があまりに強大なせいで、経済成長なき財政赤字の増大が続き、「不必要に大荒れの2010年」になりかねないと警告。鳩山はイデオロギーにこだわるのを止め、妥協をいとわないオバマの姿勢を参考にすべきだとしている。

 このコラムはある前提に立っている。それは、日本が厳しい状況に立たされているのは民主党の軽率なイデオロギーのせいであり、長年にわたる自民党の失政のせいではないという前提だ。

 しかし、筆者らの議論には重要な問題点がいくつもある。まず第一に、「中道派の不安を鎮める」ようもっと努力すべきだという提言を除けば、鳩山政権がすべきことついてほとんど何も語っていない。

 どの分野で歳出を削減すべきか。今行われている取り組みに代わって何をすべきか。日本の財政赤字が深刻なのはもちろんだが、あれほど巨額の国債を発行しながらも財政は破綻していない。

 第2に(前述のポイントにも関連するが)、鳩山政権の政策がどのような結果につながるのかという点について、記事には曖昧な記述しかない。「不必要に大荒れ」とは具体的には何を指すのか。経済危機に揺れた08〜09年よりもひどい「大荒れ」とはどんなものか。むしろそうした事態は、筆者らでさえ「歴史的」と評価した政権交代の自然の産物にすぎないのではないか。

 第3に、筆者らは議会や大統領の暴走を抑制するアメリカ政治のチェック機能を賞賛し、日米の政治環境が似ているとの前提で鳩山にアドバイスしている。だが民主党は「拒否権」をもつ関係者が多すぎる従来のシステムからの脱却をめざしているのだから、この指摘はおかしい。自民党が長年、輸出主導の経済成長モデルを脱する改革を断行できなかったのも、拒否権をもつ人が多すぎたからだ。

 日本政治は長い間、面倒な政策決定システムのせいで停滞してきた。下級官僚や一般議員に法案を潰されることなく政策を実現できるようになるのなら、多少の「大荒れ」など小さな代償かもしれない。

 民主党の政策がかかえる矛盾に目を向けるべきだという点については、ブレマーとルービニの指摘は正しい。だが、ここでも彼らは、そうした矛盾の原因が鳩山政権の直面している課題自体にあることを考慮していない。

 以前にも論じたように、民主党は三重苦をかかえている。財政赤字を抑えつつ、より強固な社会的セーフティーネットを整備し、日本人の消費拡大と、今まで悲惨なほど少なかった新興産業への投資拡大による新たな経済成長モデルを構築すること。さらに、2020年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で25%削減するという宿題まで加わった。

 別の言い方をすれば、鳩山政権は単に「経済再生」をめざしているのではない。世界的な経済危機によってついに打ち砕かれた成長モデルに取って代わる新たな経済モデルの構築をめざしているし、そうしなければならない。

 もしも日本国民が単なる「経済再生」を求めていたのなら、常にそれを目標として掲げてきた自民党に票を入れたはずだ。

 問題は、鳩山政権がイデオロギーに固執しすぎていることではない(非正規労働者の問題など一部のテーマについては、その指摘にも一理あるようだが)。

 鳩山政権が失脚しても、それは現実主義をもちあわせていなかったせいではない。矛盾をはらんだ課題にどっぷり漬かり、どの懸案も満足に解決できなくなるリスクを冒していることこそ問題だ。

 日米関係についても、同じことがいえる。記事では民主党がイデオロギーに固執して柔軟性を欠いているという指摘されているが、実際には米軍普天間基地の移設問題で柔軟性を発揮している。基地移設の現行計画を破棄するという公約を破るか、アメリカにノーを突きつけるかという困難な選択をかかえながら、鳩山政権は建設的な代替案を模索している。

 鳩山政権が日米同盟を「損なっている」という指摘についても、予測というより脅迫なのではないかと勘ぐってしまう。民主党が日米同盟にダメージを与えるとするなら、それは普天間問題をめぐる日本の対応と同じくらい、鳩山政権に対するオバマ政権の対応の結果だろう。

 つまり、鳩山政権は国内外の課題を「現実的」に解決しようとしているのだ。実際、政権への支持率が下がっているのは、鳩山政権が譲歩しすぎたり、政策の実行をためらっているためだ。
 
 鳩山も自身がかかえる課題を理解しており、仕事始めの挨拶で今年は「正念場」だと語っている。

[日本時間2010年01月04日(月)12時42分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

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