コラム

「歌舞伎町大学」教授のADIZ講座を聞け

2014年01月20日(月)09時00分

今週のコラムニスト:李小牧

〔1月14日号掲載〕

 このコラムで、社会の本当の姿と人生を学ぶ「歌舞伎町大学」の設立を提唱してきた私が、ついに「教授」としてその教壇に立つ日がやって来た。

 先日、友人で政治学者である法政大学の趙宏偉(チャオ・ホンウェイ)教授にゲスト講師として迎えてもらい、私の人生観を日本人学生だけでなく、中国や韓国の留学生に語ったのだ。内容は25年間の豊か過ぎる歌舞伎町での人生経験や日中関係。学生からは意外なことに2020年の東京五輪開催を心配する質問が出た。理由は最近の日中、日韓関係の悪化だ。

 特に日中関係は中国が昨年11月、東シナ海に防空識別圏(ADIZ)を突然設定してから再び死路(スールー、袋小路)に陥っている。せっかく日本の経済団体トップと汪洋(ワン・ヤン)副首相の会見が直前に実現し、関係改善の兆しが見えたのが台無しだ。戻りかけた歌舞伎町への中国人観光客がまた減ったら、わが湖南菜館の経営にも悪影響が出かねない。

 冷静に見て、今回は中国側の対応が悪い。中国人の私が母国のやり方を批判するのは意外かもしれない。そこで歌舞伎町大学の教授として、今の東アジア情勢と世界情勢を会社に例えて分かりやすく解説しよう。

 この「地球株式会社」の社長は、誰がどう考えてもアメリカだ。中国は大国だが、何人かいる取締役の1人にすぎない。GDPが世界2位だと威張ったところで、国民1人当たりにすればまだまだ途上国のレベルでしかないからだ。

 もちろん日本も取締役の1人(韓国は残念ながらまだ取締役レベルとは言えない)。同じ取締役の日本が「専用の運転手付き社有車」を持っているなら、中国も同じ特権を求める権利はある。
ただ、それなら事前に社長や他の取締役と相談すべきだ。カネも掛かる大事な案件を取締役が社長に相談せず、役員会にもかけずに決めることは、普通の会社ではあり得ない。社長のメンツをつぶしたのだから、専用車のキーを取り上げられても文句を言えない。

■中国とのけんかに勝つ「秘策」

 微妙なのは、社長が少し年を取って昔ほど迫力がなくなってきたこと。だからこそ中国は今回、自分勝手な行動ができた。社長との「にらみ合い」も辞さない。困ったことに社長は最近、中国の専用車を黙認するようなそぶりも見せ始めた。

 この難局をわが第2の祖国、日本はどう打開すべきか。安倍首相や小野寺防衛大臣、岸田外務大臣には歌舞伎町で四半世紀戦い抜いてきた私の経験に学ぶべきだ、とアドバイスしたい。

 先日、私は中国出身のジャーナリスト石平氏と「手打ち」をした。私と同じ年に留学生として日本にやって来た石平氏は、89年の天安門事件を見て中国政府に絶望し、共産党を猛烈に批判するようになった。中国政府に対してあくまで是々非々の私と必ずしも意見は一致せず、このコラムで批判したこともある。

 その石平氏が先日、わざわざ湖南菜館を訪れてくれた。ヤクザや警察とけんかするが、友人として握手もする全方位外交がモットーの歌舞伎町案内人は、手を差し伸べてくる相手を拒否しない。意見の違いはあるが、うまい酒と激辛の湖南料理で楽しい時間を過ごした。

 安倍首相や政府幹部は、一度けんかしたからといって遠慮せず、チャンスがあれば開き直って堂々と握手するずうずうしさを持つべきだ。中国の悪い行いにはきちんと「ノー」を伝えるべきだが、手を差し伸べることも忘れてはいけない。

 中国はまだまだ日本の助けが必要な途上国だ。公害を克服した日本人にはPM2・5などによる環境汚染に苦しむ中国人を助ける力がある。貸しをつくれば、恩はいつか必ず返ってくる。

 もし日本のリーダーたちがまだぴんとこないのなら、ぜひ私を尋ねてきてほしい。歌舞伎町流の「特別講座」で、さらなる秘策をお伝えしよう。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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