コラム

トロント映画祭で訴えた『人間』と日本の底力

2013年09月27日(金)09時00分

今週のコラムニスト:李小牧

〔9月17日号掲載〕

 外国の映画祭でレッドカーペットを歩くという李小牧の夢がついにかなった!

......歌舞伎町案内人がまた冗談を言っている、歩いたのは歌舞伎町のストリップ劇場の赤じゅうたんだろう、と皮肉を言わないでほしい。これまで著書の『歌舞伎町案内人』が映画化されたり、ジャッキー・チェンの作品に撮影協力したりと映画に関わってきた私だが、残念ながら出演経験はなかった。それが9月上旬、カナダで開催されたトロント国際映画祭に「男優」として招待されたのだ。もちろんAVではない!

 出演したのは『人間(ningen)』という作品。私の友人でもある東京の「メディア総合研究所」の吉野眞弘社長が、トルコ人とフランス人の共同監督と共に文字どおり手弁当で作った映画だ。トロント国際映画祭の「コンテンポラリー・ワールド・シネマ」部門で入選した。

 それにしても、バレエダンサーとしては超一流だが、俳優の勉強などしたことのない私がどうして映画に出演できたのか。

 実はこの映画は、フィクションとノンフィクションを混ぜ合わせたような不思議な構成が特徴だ。基本的なストーリーの流れはあるが、俳優は撮影現場で生まれる感情に合わせて即興で演技し、ストーリーもそれに合わせて変化していく。私が演じたのは歌舞伎町案内人である私自身。歌舞伎町という舞台で毎日「演技」を続け、虚と実が入り乱れる私にとってぴったりの映画だった。

 会社が経営難に陥ったことで精神を病んだ社長が、さまざまな人との出会いを通じて生きる意味や愛を再発見する様子を、キツネとタヌキの化かし合いになぞらえて描く──。ある意味きわどい設定の映画で、吉野社長と会社のスタッフ、それに吉野社長の妻も出演している。

 私は窮地に立たされた吉野社長に歌舞伎町で稼いだ全財産を提供して中国に帰る、という何ともおとこ気のある役だ。日本に何年間も住んで日本人に助けてもらった中国人が、感謝の気持ちを込めて全財産を日本人に渡すという設定は、私の感情をよく表している。

■中国人学生が見た東北の底力

 先日、7月の訪日観光客数が円安のおかげで初めて月間100万人を突破した、というニュースが流れた。ただ寂しいことに、わが中国からの観光客は前年同月比で3割減った。明らかに尖閣問題による両国の関係悪化が影響している。

 この夏、私は夏休みを利用して日本にやって来た中国人学生を、日本の若者と一緒に気仙沼や石巻、南三陸など宮城県の被災地に案内した。東日本大震災直後に入って以来、私にとっても約2年ぶりの被災地だったが、地震と津波、原発事故という災害の「三重苦」に遭った東北の人たちが、元気に夏祭りができるまで復興している様子に本当に驚かされた。

 わが祖国とわが第二の祖国の関係が「シマ」をめぐる争いをきっかけに冷え切ってから、3年近くたつ。「復縁」のためには、互いの国民が相手の国を訪れて、肌でその国を感じることが何より大事だ。中国の学生が夏休みの旅行先に被災地を選んでくれたことはうれしかったし、頑張る東北人の姿を通じて、日本人の国民性とその底力を理解してもらえたと信じている。

 小さな企業が手弁当で完成させ、トロント国際映画祭で見事入選した『人間』も、日本人の底力を示すこれ以上ない実例だ。このコラムが載った号が発売される頃にはプレミア上映は終わっているだろうが、私はレッドカーペットで取材を受けたらこう答えようと思っている。「この映画に出演することで、日本に恩返しできたことが何よりうれしい」と。

 実は映画の最後に大どんでん返しがある。最近また中国と日本の間でスパイ問題が再燃しているが、私の「日本愛」にどんでん返しはないのでご安心を。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:またトランプ氏を過小評価、米世論調査の解

ワールド

アングル:南米の環境保護、アマゾンに集中 砂漠や草

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story