コラム

限られた空間を埋める 東京の驚くべき技

2012年12月10日(月)10時00分

今週のコラムニスト: マイケル・プロンコ

[12月5日号掲載]

 数週間前に出掛けた新宿の小さな居酒屋で、私はいつものようにたくさん注文し過ぎてしまった。店は混んでいたが、店員は次々と料理を運んできた。刺し身の皿、おつまみの小鉢、大根の煮物の角皿、かぼちゃの煮付けの浅鉢......。

 狭いカウンター席のスペースに収まるように、私は皿の場所を動かし続けた。だが椅子取りゲームのように、いつもどれかがあふれてしまう。最後は店員が手助けしてくれた。彼女は片手で、皿を全部並べ替えて完璧な配置にしてくれた。この店員が極めていたのは、東京の人々に特有の驚くべき技──物を空間にはめ込む技術だ。

 東京は、「物を詰め込む」ことが大原則とされる都市。東京人は実に見事にこれをやってのける。行きつけのスーパーでは、買い物籠1つに収まらないほどの食品や雑貨を、レジ係がろくに見もしないで整然と買い物袋に詰めてくれる。私にはとても無理だ。

 店を出ると、買い物袋は自転車の籠にピタリと収まる。横の主婦を見ると、私の自転車は子供2人分の座席を取り付けていないだけまだマシだと分かった。ある種の空間的「贅沢」を享受しているわけだ。

 感心させられる東京の空間利用だが、時には危険も感じる。最近、教え子と飲みに行ったときのこと。トイレから出てドアを開けると、近くの女性の頭に当たってしまった。彼女は私を見上げ、外国人だと分かると「許しの笑み」を浮かべた。私が東京のルールを理解していないと踏んだのだろう。アメリカ人の私は、ドアには十分なスペースがあって当然だと思っている。だが東京ではすべての物が空間を共有している。

■都市に成長と変化をもたらす

 物を空間に詰め込み、また詰め込み直すための独自の理論と手法が東京という都市にはある。ラッシュアワーの電車がいい例だ。東京では、人も折り畳みできる。空いた電車用と混んだ電車用、誰もが大小2サイズになれるらしい。

 満員電車で私が何より好きなのは、そこで繰り広げられるドラマだ。まず、「全員は乗れないだろう」という雰囲気になる。それから、人々が小刻みに体を動かし、ぎゅっと詰め、息を吸い込んで......するとあら不思議! 誰もが車内に収まり、全員が安堵のため息をつく。

 東京における最も愉快な楽しみの1つは、こうした絶え間ない詰め込みと再詰め込みの作業だ。東京の毎日は、常に空間に対する痛快な勝利の連続だ。

 たいていの東京人がそうであるように、私も省スペース用品をたくさん持っているが、そのすべてが実に役に立つ。冷蔵庫、掃除機、本棚、そしてお気に入りの布団収納袋などはすべて、どこかに収まって機能を発揮できるように作られている。コンビニチェーンで働く私の元教え子によれば、床から棚までいかにして商品を並べるか、ということに研修の1セクションが丸々充てられていたという。

 それでも私は、広々としたアメリカの空間を懐かしく思う。だから東京でどこへ行っても、即座に一番スペースのある場所を探してしまう。ジャズクラブでは部屋の後ろ、映画館では列の端、電車ではドアのそば。自分を小さな空間に収める方法を少しずつ学んではいるが、そういう場所のほうがくつろげる。

 人や食品、衣服や建物、すべての物があるべき場所に収まると東京人は満足感を覚える。物を収めるという絶え間ない行為で東京の日常生活は進むが、それは東京の成長と変化を促してもいる。建物が取り壊されると、その跡はすぐに、よりきっちりと新しい物で埋められる。

 日本人はいつも、自分たちは宗教心がないと主張する。でも東京に宗教があるとしたら、それは空間の力への崇拝と収納への愛だろう。だからこそ、東京はうまく機能しているのだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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