コラム

中国の人権問題を日本人が無視する代償

2012年06月04日(月)09時00分

今週のコラムニスト:李小牧

〔5月30日号掲載〕

 彼に初めて会ったのは、数年前に東京の明治公園で開かれたイベントだった。歌舞伎町案内人として超有名な私がメインゲストとして挨拶するのだと思っていたら、最初にマイクを握ったのが彼で思わずむっとした(笑)。さらにこの人物はあろうことか、中国からの「高度な自治」獲得を訴えるウイグル人だった。

 彼の名前はイリハム・マハムティ。外国に住むウイグル人を束ねる世界ウイグル会議傘下の日本ウイグル協会の代表だ。漢族として中国で教育を受けた私にとって、少数民族の「独立」を求める動きは分裂主義にほかならなかった。ただ日本に20年住んで自由な報道に触れ、自分が中国で受けた教育はおかしいのではないかとも感じ始めていた。

 イリハム氏のスピーチで一番印象に残ったのが、「何十万人というウイグル人女性が、漢族と結婚するため新疆ウイグル自治区の外に移住させられている」という話だ。実際、09年には広東省の工場で半強制的に移住させられたといわれるウイグル人労働者と漢族の労働者の衝突事件も起きている。わが故郷の湖南省にも、今から60年近く前に約8000人の未婚女性が、新疆ウイグル自治区に中国人兵士の結婚難を解消するため妻として送られたという似たような過去がある。自由な恋愛を信条とする私としては、どちらも看過できない出来事だ。

 ウイグル人やチベット人は北京や上海といった中国の大都市でホテルに自由に泊まれず、宿泊するときにはホテルの近くの派出所に届け出る必要がある。北京オリンピックのときには、北京市内に自由に入ることができなかった。イリハム氏の言うように、「ウイグル人が中国人ではないことを中国自身が証明している」ようなものだ。

 実は約1500人いるとされる日本在住のウイグル人で、イリハム氏の協会に参加しているのは数人しかいない。日本で働くウイグル人は、何らかの形で中国と関係のある企業に勤めるケースが多い。協会の活動に参加しているのが中国大使館にバレたら、出張で中国に入国したとたん治安機関に呼ばれ、仕事にならなくなる。みんなそれを恐れているのだ。

■10人中9人が「日本留学希望」

 先週、東京で世界ウイグル会議の代表大会が開かれ注目されたが、普段の日本人の関心は正直高いとはいえない。日本政府は中国政府の顔色をうかがって、ラビア・カーディル主席のビザをぎりぎりまで発行しなかった。要は経済成長でカネを握る中国を怒らせたくない、というわけだが、それでいいのだろうか。

 盲目の人権活動家である陳光誠(チェン・コアンチョン)の軟禁脱出が騒ぎになったとき、私は日本のニュース映像を写真に撮って中国のマイクロブログにアップした。これまで同じやり方で投稿して検閲されたことはなかったが、今回は陳がサングラス姿で映った写真は数十秒後に削除された。

 中国の人権問題は日本人にとっても人ごとではない。政府の気に食わない行動を取れば、出張中のサラリーマンが突然拘束されることもある──それが中国という国だ。人権問題の深刻化で政治リスクが高まれば、日本企業も工場をベトナムやタイに移転しなければならなくなる。

 あまり大きな声では言えないのだが、日本のある政府機関が、在日ウイグル人や在日チベット人の政治活動を詳細に観察しているらしい。ただし、それは両民族を陰から応援するためではなく、あくまで国内での「トラブル防止」が目的のはず。日本政府に多くは期待できない。 国外留学希望者が10人いたら、9人は日本を希望するほどウイグル人は日本好きだ。彼らの人権に無関心なままだと、いずれイリハム氏のような親日家の信頼まで失ってしまう。

「中国人が言うな」と笑わないでほしい。少なくとも日本人よりは自由のありがたみを身に染みて知っているのだから。

プロフィール

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・李小牧(歌舞伎町案内人)
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・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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